【長編】今は第二の幕末期。閉塞した日本の突破口を開いてみせる。
大手損保会社を退職後、ベンチャーの起業をめざしてシリコンバレーに渡った徳重氏。帰国後は「日本の技術を世界へ」をテーマに事業を模索し、グローバル規模でイノベーションを起こせる日本の技術として電動バイクに着目。2010年にテラモーターズ設立後、わずか2年で電動バイクの国内シェアトップに立った。「閉塞した日本のビジネス社会の突破口を開きたい」と語る同氏。ベンチャー経営に賭ける熱い思いを伺った。
――大手損保会社を辞めて渡米されたと伺いました。なぜ大企業の立場を捨ててアメリカで勝負しようと?
大学卒業後は住友海上火災保険に入り、5年ほど勤めていました。ですが親の意向を汲んで就職したこともあって、29歳で一度すべてをゼロベースに戻したかったんです。「家族の期待に応える人生ではなく、自分が本当にやりたいことは何なのか」――そう自問自答した結果、見出した答えはベンチャー企業を立ち上げることでした。
そこで家族の反対を押し切って29歳で退職し、2000年にアメリカの大学に留学、MBAの取得をめざしました。しかし渡米した本当の目的は、シリコンバレーに行くことだったんです。Yahoo!、Google、Apple、TESRA、facebookを始め、シリコンバレーで生まれた世界的なベンチャー企業は数多い。プロ野球選手が大リーグをめざすように、「シリコンバレーに行きたい」という想いで渡米しました。
MBA取得後はシリコンバレーに残り、ベンチャー支援会社を経てインキュベーション企業の代表として働くことに。そこで音声圧縮アルゴリズムなどのベンチャーのハンズオン支援を始め、さまざまなベンチャー企業の経営に携わりました。
――日本とアメリカのベンチャービジネスの違いを実感されたのでは?
まずアメリカにおけるベンチャーの役割は、〝産業構造を変革するツール〟だということ。アメリカのベンチャーは確かな技術を持ち、社会に変革をもたらしています。たとえばGoogleは検索エンジンの技術でインターネットの世界を一変させました。
アメリカでは優秀な人が志を持ってベンチャーを立ち上げ、リスクをとってチャレンジします。ですからベンチャーは一目置かれた存在で、大企業で働く人は「お前は大企業にしか入れないのか」と言われる世界です。こうして誕生したベンチャーが社会に大きな影響を与えて急成長し、結果的に雇用を生んで国を引っ張る存在になっている。
アメリカ以外でも、たとえば電子機器受託生産(EMS)で世界最大の企業グループに成長した台湾のフォックスコンは、1990年当時は小さなベンチャー企業でした。それがいまでは従業員80万人を超える世界的な企業に成長しています。
一方の日本のベンチャーは、依然として大企業よりも格下というイメージがある。たしかに日本にも勢いのあるベンチャーはありますが、産業構造を変革したり、国を牽引するようなダイナミックな成長を遂げた企業はほとんどありません。
では日本とアメリカのベンチャーの決定的な違いは何か。それは社会性を帯びたビジョンがあるかどうかだと思っています。いま日本で勢いのあるベンチャーはゲーム産業に多いですが、その事業が本当に社会的な使命を帯びているか、これから検証されていくでしょう。いずれにせよ、アメリカのベンチャーのように社会に変革を起こせる企業が日本では生まれにくいということです。
――なぜ日本ではイノベーションが起こらない?
その問いこそが私自身のテーマでもありました。「なぜ日本企業はイノベーションを起こせないのか」――その問題を突き詰めると、結局はマインドやビジョンに行き着くと考えています。高い技術力で経済大国をつくり上げた日本人のポテンシャルは高い。しかしマインドが低いというか、社会的な使命感を抱き、リスクを覚悟してチャレンジする人が少ないと感じます。
日本人が理解している「リスク」の意味は「危険」だと思いますが、本来の意味は「ブレ幅の大きさ」のこと。つまりリスクを取って行動しないと機会やチャンスにめぐり合わないということです。シリコンバレーに行くとわかりますが、日本人の技術者は海外に出ていっていない。ポテンシャルを活かしてイノベーションを起こすためも、日本の技術者はもっと世界を知るべきです。
シリコンバレーには本当に優秀な人間がたくさんいます。だから自分にストレッチをかけ、100の能力を200に引き上げないとついていけない。しかし日本の大企業の人は100の能力のうち4割程度しか使っていません。私は変なヤツと思われてもいいので、閉鎖した日本のビジネス社会の突破口を開きたいんです。スポーツ界では大リーグの野茂、サッカーの中田が海を越え、日本人が世界で勝負できると証明しました。私はビジネスの世界で野茂や中田をめざしたいですね。
――そんな徳重さんが業界未経験の電動バイク事業で起業された。なぜ電動バイクに着眼されたんですか?
2006年に日本に帰国後もアメリカと日本を行き来し、「日本の技術を世界へ」という視点で起業ネタを探しました。その際のキーワードは「イノベーション」と「グローバル」。すなわちグローバル規模でイノベーションを起こせる日本の技術は何か、ということです。
いろいろと調べていると、シリコンバレーの仲間がEV事業をやっているという声が目立ち始めました。「なぜIT企業が電気自動車?」と最初はピンとこなかったのですが、調べるうち、まさにいま産業構造の大変革が起こっていることがわかったんです。
日本の製造業は、大手メーカーの下に一次下請け、二次下請け……とピラミッド構造でぶら下がる垂直統合型で一時代を築きました。それいがいま、複数のメーカーが得意分野を持ち寄って製品を組み立てる水平分業型への転換が起こっています。水平分業の典型がパソコンです。CPUはインテル、OSはマイクロソフトを使い、それをパッケージングすればパソコンができてしまう。この産業構造の大変革のチャンスを活かし、急成長したのが、先ほどお伝えした台湾企業のフォックスコンです。
この垂直統合型から水平分業型という100年に一度の大変革が、電動自動車や電動バイク市場でも起こっているんです。日本のエンジンバイクは、いまでも大手メーカーと下請け企業が一体となったものづくりを進めています。ですが、たとえばシリコンバレーで誕生した電気自動車メーカーのテラ・モーターズは、モーターメーカーやバッテリーメーカー、コントローラーメーカーなどの製品を集めて組み立て、電気自動車をつくっている。この分野はベンチャーでも参入チャンスがあることに加え、既存の垂直統合型で事業展開してきたエンジンバイクの会社がしがらみを破り、電気自動車や電動バイク事業にシフトするのは難しいという事情もあります。
マーケットの可能性という視点でみても、日本のエンジンバイクのシェアは高い一方、電動バイク市場はまだ小さい。加えて製造部品もエンジンバイクに比べて4分の1程度で、設備投資も少なくていい。環境に対する関心も高まっているいま、これらを総合的に考えて、電動バイクこそグローバル規模でイノベーションを起こせる日本の技術だと確信したんです。
――とはいえIT分野に比べて大きな投資が伴う事業です。資金調達はどうされたのでしょう?
2010年の創業時は自己資金2000万円でスタートし、現在の資本金は6億円を超えています。ソニー元会長の出井さんや、グーグル日本法人元社長の辻野さんなどにも出資をしていただきました。個人投資家の方々は最初は面識がなかった人がほとんどで、こちらから飛び込みでご連絡をした方も多い。
出資をしていただく上で大切になるのが事業ビジョンです。個人投資家の場合、私たちの事業の社会性に共感いただき、事業計画書や財務諸表などの細かな数字を見ることなく出資を決めていただいたケースがほとんどです。
販路開拓や人材採用でも事業ビジョンが大切になってきます。当社のバイクの販路はバイクショップがメインですが、現在はヨドバシカメラなどの家電量販店でも取り扱ってもらっています。「家電量販店でバイク?」と最初は理解してもらえなかったのですが、私のビジョンに共感してくれたヨドバシカメラさんに採用してもらったことで、他社も扱ってくれるようになった。最初の販路開拓が重要であり、その際に必要なのが事業ビジョンです。電動バイクの社会性や理念に共感してもらえる人がいれば、「やってやろう」と思ってもらえる。
人材採用でも同様で、当社には優秀な人材が集まっています。4畳半の事務所でスタートした2年前、優秀な若いスタッフが2人来てくれた。「なんでこの会社を選んだ」と聞くと、「社長がビジョンを本気で語っていたから」と言うんです。代表が本気でやっているかどうか、スタッフにはわかります。代表がビジョンを本気で語れば、共感する人が集まってきます。
――最後に、10年後のビジョンを
2000年度の世界ブランドランキングでは、ソニーが1位、コダックが9位、パナソニックが10位にランクインしています。一方、2012年度はアップルが2位、サムスンは9位にランクインし、10年前に上位を独占したソニーやコダック、パナソニックはランク外に。コダックに関しては、デジタル対応に遅れて倒産しました。この10年でブランドイメージがここまで大きく変わっているんです。私は今後の10年は、もっとダイナミックな大転換が起こると思っています。
これまではヒト・モノ・カネ・情報が大事といわれてきましたが、これからの10年はスピードも重要なファクターになると考えています。社会の変化を先取りし、社会的に要請のある事業を高い志で提供できるか、これからの企業にはますます求められます。
オンライン決済サービスを提供するアメリカの企業・ペイパルは、2002年にeBayに買収されて多くの人材が流出し、その結果、ペイパル出身者がベンチャーを立ち上げ活躍しています。テスラ・モーターズやユーチューブの創業者もペイパル出身者です。彼らは自らを「ペイパル・マフィア」と呼び、ビジネスの世界で大きな存在感を示している。
私の10年後の目標としては、ペイパル・マフィアならぬ「テラ・マフィア」を世界に送り込むことですかね。日本にはプロのアントレプレナーが少ない。だからテラモーターズが日本におけるプロのアントレプレナー養成機関となり、育った連中がやがて独立し、世の中に影響を与えてもらえたらと願っています。
私個人としては、グローバルでイノベーションを起こせる日本発のベンチャーとして、成功事例をつくりたいですね。ベンチャーを立ち上げる、すなわちゼロを1に変えるのは本当に難しい。それにチャレンジして成功するためには、パッションとロジックの両方が大事になると感じています。日本の起業家はいずれか一方で、両方持つ人が少ない。
産業構造の大変革期にある現在、まさに第二の幕末期でしょう。だから私はよく「バック・トゥー・ザ・明治」と言っている。社会が大きく変わる時期にチャンスがある。幕末に活躍した人物のような活力と、いい意味での破壊力がいまの日本人に求められています。時代がダイナミックに変わるなか、どう自分が変われるか。私が先陣を切って示していきたいですね。
Terra Motors (テラモーターズ)株式会社
代表取締役
徳重 徹 氏
設立年/2010年 従業員数/15名 事業内容/電動バイクの国内トップ企業。最安9万9800円~の主力商品「SEED」シリーズを始め、一般業務用「BIZMO」シリーズ、シニアカー「ACSIA」を展開する。今後はベトナムを起点にアジア進出も見据える。