《講演録》-下請け町工場から世界へ-自社技術「アベルブラック」を活かして切り開いた道のり
2024年7月12日(金)開催
【若手後継者のための勉強会】
-下請け町工場から世界へ-自社技術「アベルブラック」を活かして切り開いた道のり
講師 居相 浩介氏(アベル株式会社 代表取締役社長)
今回の講師は、ステンレスへの表面処理加工を生業としているアベル株式会社代表取締役社長の居相 浩介氏。同社の高い技術力は、東京スカイツリーのエレベーターの内装や高級車レクサスの外装パーツなど、さまざまな分野・用途で採用されている。居相氏が家業へ戻った2004年、高い技術力はあるものの「下請け」という立場から脱却できずにいた。そこからどのように技術力を世の中に発信し、新たな顧客や販路を開拓したのか。本セミナーでは、トヨタをはじめ世界的企業から声のかかるアベル株式会社の体験をシェアしていただいた。
目次
■ 独自技術「アベルブラック」とは
アベルは創業1965年で、今年で59年目を迎えました。ステンレス表面処理及び材料販売、加工品を含めた受託販売を事業としています。
ステンレスの、「ステイン」は「サビ」、「レス」は「にくい」という意味で、まさに「錆びにくい」素材です。世に出て100年余りで、金や銀、銅、鉄に比べると新しい材料ということになります。 そのステンレスの加工には、切削、溶接、熱処理などいろいろある中で、弊社では「アベルブラック」という独自の表面処理技術を展開しています。
アベルブラックはメッキや塗装とは違い、ステンレスの表面にある酸化膜を分厚くし、光の干渉によって色が付くという現象を利用しています。通常、塗装やメッキなどの厚い皮膜をつけると素地が隠蔽され、素材感がなくなってしまいますが、金属感を残したままステンレス素材に色をつけることができるのはアベルブラックにおける発色法のみです。下地金属と一体になっているため剥がれる心配がなく、耐久性、耐候性など、金属本来の性能以上に高めることができます。
ところがこの技術では黒を発色するのが難しく、弊社はそこに大きな付加価値を提供しています。有名なところでは、レクサスの窓枠に採用されており、車以外にもカメラ部品をはじめ、高級ブランドやホテルなどの建築、外装などにも使われています。
コロナ禍当時は売上げが少し落ちましたが、その後は右肩上がりに成長しています。その要因は、大手企業との取引が増えたこと。表面処理を請け負う会社というだけでなく、素材・部品メーカーに変わりつつあるという点が大きいと思っています。
今年には第2工場が完成予定で、さらなる成長をめざしているところです。そのためにも、専門知識を持ったキャリア人材をはじめ、若手や外国人材の採用を強化しており、工場で働いてくれる人材の確保も積極的に行っています。
■ 自らの手で世界に通用するものづくりを
父が創業した弊社は、私が2代目の経営者になります。大学4年のとき、1年休学してアメリカに留学しましたが、そのころは父の後を継ぐかどうかまだ決めていませんでした。
留学中にお世話になった方の一人に、エリートの会社員がいました。あるとき、その方に「独立しないんですか?」と尋ねたところ、「人に指示される方が心地いいと思う人もいる。人に指示する方がいいと思う人もいる。でも、人に指示するという立場になれる人はひと握りなんだよ」と言われたんです。そのとき「そういう選択肢を持てる自分は幸運なのだ」と気づかされました。そして、自分が全力を注いでやれる経営者の道を歩んでみようと思うようになりました。
大学を卒業したあとは、東京のIT企業で5年ほど営業職をしました。 アメリカ留学の際に「日本の売りはものづくりだ」と感じたこともあって、その後は日本のものづくりが世界に通用することを自分で証明しようとアベルに入社しました。
入社時のわが社の状況を振り返ると、典型的な町工場でした。 古い設備を大事に使おうという姿勢は素晴らしいのですが、変化を嫌う保守的な雰囲気も同時に感じていました。社員は若手よりベテランが多く、アットホームな雰囲気ですが属人的な感じでした。
そんな環境を見て、東京で勤めたIT企業とは全然違うと感じましたし、それをなんとか変えたいと思うものの、何から手をつけていいのか分かりませんでした。その中でいくつか自分なりに取り組んだことを紹介したいと思います。
■ 「おまえに裁判の経験をさせたかった」
会社員時代に培った能力の中で、アベルに貢献できることは何かと考えたとき、ホームページのリニューアルを思いつき自ら手がけました。そのころ十分に運用されていなかったので制作会社と打ち合わせして、自分が思うようなものを作ろうと思いました。
そのとき痛感したのは、会社のホームページは業務全体を理解しないと情報を整理できないということです。足踏みはしたものの、なんとか整理して形にしようと制作会社と打ち合わせできるまで進めました。ただ、その制作会社のやり方がとてもずさんで、納品されたものをチェックすると間違いだらけ。修正を指示しつつも、社長である父に状況を報告すると「そんなに揉めるんやったら、裁判でけりをつけろ」と言われたんです。
戸惑いはあったものの、実際に裁判所へ行きました。相手が納品したものに対し、こちらは受領を拒否したため、相手方が原告となり、こちらはそれを受けて立つというかたちになりました。民事裁判ですので、最終的にはそれぞれ相応分を負担して着地したのですが、そこに至るまでには、当然ながらこちらの言い分も証拠とともに時系列で並べることもしました。
大げさなことのように思われますが、後日、父である社長に裁判までさせた理由を聞くと、「おまえに裁判の経験をさせたかった」と言われました。「これからきっと揉めることがいっぱいあるから、これぐらいの規模で経験しておいたらええねん」と。そのおかげで、いまでは裁判と聞いても動揺することなく、こちら側が正しい言い分や証拠をしっかり整理すれば、臆せず戦えると思えるようになりました。
■ ニッチな技術を磨いた先に
アベルブラックは独自技術ではありますが、非常にニッチな分野であり他社が手を出さないので、技術の進歩は自分たちの手にかかっています。私自身、理系の大学出身なので、自分の知識を生かしながら自社技術のレベルアップをしたいと思っていたところ、「大阪産業技術研究所」の技術者が中小企業に説明会をしてくれる機会がありました。そこで酸化膜に新たな機能性を付与する研究をしている方に出会ったのです。
その後、早速その方の研究室に行って、テストピースでカメラの部品を試してみました。カメラ内部の黒い部品は光の反射率を下げる必要があり、その技術を共同研究させてもらった結果、大幅に反射率が下がる製品を生み出すことができ、特許を取得。その後、文部科学大臣賞まで頂戴しました。ニッチな技術だからこそ、とことん追求すれば他が真似できないところに到達できることを実感しました。
この技術は、東京スカイツリーのエレベーターにも採用されています。エレベーターメーカーのデザイナーが、地上から展望台に登るときに東京の景色が一望できるように、エレベーター内部は黒い仕上げを求めたのです。デザイナーはさまざまなサンプルの中からアベルブラックを選んでくれたそうです。
■ レクサスへの採用の経緯
黒に特化する前は、さまざまな展示会において「黒以外にも電解研磨も化学研磨も含めたいろんな表面処理ができる」と説明していました。ただ、「なんでもやります」と謳うと興味を持たれず、結果として集客に苦労する状況が続いていました。その展示会には、同じように電解研磨をしている会社が、大規模設備を持つことを全面に打ち出していました。そのブースに人が大勢流れているのを見たとき、弊社は他の技術をPRするのはやめて、アベルブラックだけを推す展示に変えようと決めました。
すると途端に人の目を引くようになって、手応えを感じるようになりました。展示台や壁も全部黒くしたところ、展示会場の中でも存在感が際立つようになっていきました。そうして自社のブランディングの方向性を見つけつつ、何かに特化するだけでなく「意味づけ」もしなければならないと気づきました。そうした工夫の中で、いつしか展示会のブースに多くの人が来てくれるようになり、ある展示会では3日間で約1,000人と名刺交換をしました。
おそらく、その1,000人の中にトヨタの方がいらっしゃったのでしょう。後日、トヨタ車体から「新たに検討したいものがある」と連絡が入りました。愛知県の本社に行くと、先方は20、30人が座っていて、その中にいた、ひときわ輝くオーラのようなものをまとった方がレクサスのチーフエンジニアでした。いわく、「モールの色がシルバーだと車の形が締まらない。形を引き締めるためになんとか黒にしたいのです」とのこと。
素材となるステンレスには304、430の2種類があり、304はアベルの得意なほうでしたが、その車は430を使用しており、430はまだ黒くすることができていませんでした。その場では「頑張ります」とだけ返事をして帰ったのですが、後日父が「レクサスが求めるレベルにはおそらく対応できないだろう」と。それで一旦は断ったのですが、2か月ほどして再度、先方からの依頼があり、そこでもお断りをしました。しかしその後再び問い合わせをいただき、「できないことは分かったから、一度(工場に)行かせてほしい」と、チーフエンジニア自身が会社に来られました。そのとき父も一緒に話を聞いて、「なんとかやり抜いてみよう」ということに。結果としてそのことが、社員全員のモチベーションアップにつながりました。「トヨタからの依頼をなんとかモノにしよう!」と一致団結した結果、430を綺麗に黒く発色させることができました。それを持ってトヨタ車体に行ったところすぐに採用され、いまでは複数の車種に採用していただくまでになりました。
■ 「後を継ぐ」とは「覚悟を持つ」こと
「後を継ぐ」ことについて考えてみると、いまの時代は血のつながった人間でなくとも、誰が継いでもいいように思っています。私の場合は親族内での承継でしたが、そうではない方ももちろんいます。あるいはM&Aで会社に入るということもあるでしょう。
ただ、会社は誰かの私物ではありません。従業員がいてさまざまな利害関係を持つ人がいて、その人たちみんなが納得しなければ会社の経営には無理が生じます。結局のところ、血縁であろうがなかろうが、事業承継に対して「覚悟」を持って挑むことができる人というのが、後継ぎにふさわしい人物と言えるだろうと、私は思っています。
(文/安藤智郎)
居相 浩介(いあい こうすけ)氏(アベル 株式会社 代表取締役社長)
東京のIT企業で5年間勤務後、2004年、29歳のときに父親が経営する大阪府八尾市のアベル株式会社に入社。2019年に社長に就任。黒いステンレスの表面処理事業で、電解発色技術「アベルブラック」を確立。表面皮膜が1マイクロメートル以下で、曲げ加工しても変色しないなど、同製品は塗装やメッキと比べて装飾性・機能性に優れており、スカイツリーのエレベーター装飾やレクサスのドアモールを手掛ける。