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厚さ0.03mmの薄片が解き明かす地球、生命、身体の神秘

2024.08.08

純白のイソギンチャクのようなマダラクモヒトデの腕の組織、ガラパゴスザメのせり立ったウロコ1枚ずつに通った血管、偏光を通して色とりどりに美しく見える尿路結石…。田尻薄片製作所のWebサイトにあるギャラリーをのぞくと、さまざまな薄片のサンプルを見ることができる。自然が織りなす造形の美しさはまるでアート作品のようだ。

研磨機を使い、手作業で標本を少しずつ薄くしていく。

家のガレージを改造してつくった作業場には4台の研磨機が置かれている。依頼のあった研究者から送られてきた蛇紋岩をタイル用カッターで切断して片面を研磨した後、平面部を接着剤でスライドグラスに貼り付け、凹凸面の方を複数台ある研磨機やサファイアの粉を研磨剤にした手磨きで少しずつ薄くしていく。「岩石の場合、薄片の厚さが国際基準で0.02~0.03mmの間と決まっています」。岩石の薄片を偏光顕微鏡にセットすると、さまざまな鉱物が色違いで浮かび上がってくる。「鉱物の組み合わせで岩石が採集された地域の地質の成り立ちがわかるんですよ」と田尻氏。

尿路結石の内部の結晶構造や組織の違いを観察でき、薄片への直接の化学分析や蛍光免疫染色も可能に。

地質学科を卒業後、国立科学博物館に採用され、岩石の薄片製造に携わるようになった。あるとき、生物学系の研究者から「海綿を薄片にできないだろうか」と相談を持ち掛けられた。海綿の組織には硬い骨片と軟らかい軟組織が混ざっているため、そのままの組織の状態で薄片にすることはできない。田尻氏はその話を聞いて、湖の堆積物を調べるために未固結の泥の水分を樹脂に置き換える手法が書かれたフィンランドの論文を思い出した。その方法を応用して薄片を作ることに成功。軟組織と硬組織の混ざった組織を薄片にした取り組みとして、2013年に論文発表し、その後は対象が生命体にも広がった。

マダラクモヒトデの全体像。拡大すると腕の部分にある筋肉の様子が観察できる。

2016年からは実家のある大阪に戻り、個人で薄片製作を続けている田尻氏。6年前からは尿路結石症の研究プロジェクトに加わり尿路結石の薄片製作にも携わっている。従来は粉末にして化学分析を行うしかなかったが、田尻氏の薄片技術によって尿路結石の中の組織ごとにピンポイントで直接化学分析ができるようになり、どのようにして尿路結石が形成されるのかが解明されつつある。ゆくゆくは予防、治療法の開発にもつながる成果だ。

経験に裏打ちされた技術をさらに広げていくためには「後継者が欠かせない」と田尻氏。「自分の技術で未知のことが解明され、役に立つことができる。こんなにやりがいのある仕事はありません」。ただし「細かい作業をいとわないこと、工夫するのが好きなこと、あきらめないこと」という3つは必須の条件だという。田尻氏の次代への継承、挑戦の旅は続く。

田中(田尻) 理恵氏

(取材・文/山口裕史 写真/福永浩二)

田尻薄片製作所

田中(田尻) 理恵氏

https://www.thinsection.net

事業内容/岩石、動物組織、複合素材の薄片製作