地域に開かれた「ものづくりの場」、老舗縫製会社の挑戦
「大林縫製有限会社」の創業は1938年。戦前の大阪で、女児用プリーツスカートの縫製からスタートした。同社の長い歴史を伝えるスチーム式アイロンや業務用ミシン、400色以上が揃う縫製糸やステッチ糸、専用の道具類が並ぶ工房を有効活用できないか。そんな想いから、2025年1月シェアソーイングスペース「TUKURI-BA(つくりば)」としてオープン。工房の2階をレンタルスペースとして開放している。
利用者の多くは服飾を学ぶ学生や、1点ものの洋服をつくるフリーランスのデザイナー兼作家、そしてものづくりに没頭しながら一人時間を楽しむ主婦たち。「学生さんが課題の服作りをする際、自宅の床に布を広げ、苦心しながら裁断していると聞きました。広い作業台はもちろん必要な道具も揃っているので、お役に立てるのではと思いました」と同社の専務である大林氏。

専務取締役 大林 憲司氏
祖父から父へ、そして3代目社長である兄の英介氏へと受け継がれてきた同社。大林氏が兄とともに支えてきた約30年は、苦境の連続だったという。バブルが崩壊し、大手アパレルメーカーの多くが海外に拠点を移す中、同社への発注も激減。長年仕事を依頼してきた縫製技術者を守るため、赤字でも仕事を確保し続けた。「なんとか持ちこたえていましたが、コロナ禍で壊滅的に仕事がなくなってしまいました。することがなくなって、マスクを作ることにしたんです」。

人と人との出会いが化学変化を起こし、新しい何かを生み出す場としても。
折しも、世間ではマスクの品薄が続いていた頃。工房に隣接するガレージを開放してマスクを陳列してみると、瞬く間に完売。これがBtoCビジネスを始める契機となった。それまで企業間取引のみを行ってきた同社にとって、直接ユーザーと接する仕事は新鮮だったという。「ありがとうという言葉を直接聞くことができ、使い心地の感想を聞いて改良できる。新たな可能性と手応えを感じました」。まとまった数のマスクを生産するため、購入型のクラウドファンディングに挑戦し、あっという間に目標資金を調達。また、自社オリジナル商品を販売するECサイトを立ち上げるなど、新たなビジネスへと繋がっていった。

駅から徒歩1分の好立地。アイデアを形にできる環境が整う。
本社のある生野区は、大阪市内でもっとも製造業の多い地域。TUKURI-BAは、縫製作業スペースとしてのみならず、ものづくりを生業とする地元の仲間が集まって、交流や情報交換の場としても活用されている。老舗縫製会社の一角に生まれたこのスペースは「ものづくり」「仲間づくり」「出会いづくり」の拠点として、今日もクリエイターたちの創作を支えている。
(取材・文/北浦あかね)