【飲食店開業への道】好きな料理で再び社会へ　会社員時代と同じ街に開店

2025.06.20

大阪のオフィス街・本町で、駅直結のビルに店を構えるのが「家庭料理喜りん」だ。割烹着姿で立ち働くのは、すらりと長身の女将・本田氏だ。「居酒屋以上、割烹未満」をめざした店内はすっきりと上品な雰囲気で、女将のイメージとも重なるキリンのイラストや置物が出迎えてくれる。

カウンターには大皿に盛られたおばんざいが並び、ひと工夫ある手料理やおいしいお酒を気取らず味わえる大人の店だ。仕事帰りに一人でふらりと立ち寄ったり、記念日にコース料理を楽しんだり。「会社員だった時の自分が通いたくなる店をめざしました」と本田氏。

新卒で入社以来、子育てをしながら大手企業で約40年勤め上げ、定年退職。大阪産業創造館の飲食店開業シミュレーションプログラム「あきない虎の穴」を受講し、63歳で「喜りん」をオープンした。

コロナ禍の影響で計画より3年ほど遅れたものの、その間は友人を客に見立てた自宅での試食会を20回以上開催。また、テレビ局が運営するレンタルキッチンで期間限定シェフを経験し、仕込みの段取りや客との距離感など、実際の動き方を学んだ。

代表　本田喜代子氏

最も苦労したのは物件探し。会社員時代から通い慣れた愛着のある淀屋橋・本町近辺にエリアを絞ったが、賃料は高く、法人化していないこともあってなかなか審査が通らない。現在の店舗はテレビ出演時の映像を提出し、大家と直接面談で覚悟を伝え、契約に至った。

「小さな店から始め、ステップアップしていく時間の余裕はない。一発勝負をしようと決意しました」。開店から2年弱、赤字からは脱却できるようになったという。

「自分の料理で人を驚かせ、喜んでもらうことが好き」と語る本田氏。小学生の頃から家族の夕飯やお弁当を作り、大人になってからはご近所さんや子どもの友人、会社の同僚にも手料理をふるまってきた。子どもの少年野球チームに70人分のおにぎりや豚汁を差し入れたり、残業の多い部署で同僚の夜食を毎日持参したり。

18年前には、業務用コンロを備えたパーティ仕様のカウンターキッチンに自宅を改装。開業後は客としてはもちろん、アドバイザーとして二人三脚で計画・調査・準備を進めてきた元上司がアルバイトとして手伝ってくれるなど、料理への熱意を知る多くの友人・知人が応援してくれている。

開業を決心した7年前からリスクを取ってまで店を開いたのは、「後悔したくない」という一心から。仲良しだった後輩を亡くし、自身も一時は杖をつくほどの重い股関節の病気に。手術で克服できた喜びが、「やれる時にやりたいことを」という気持ちを強くした。今では、気づけば12時間立ちっぱなし、ということもある。体力的な辛さはもちろんあるが、それ以上に人との出会いが新鮮で楽しく、生きている実感があるという。

「身長172cmのキリンのような女将がお客さまのお越しを首を長くしてお待ちしております」とユーモアも忘れない。

（取材・文／衛藤真奈実　写真／福永浩二）

【　開業資金　】　1,100万円
貯蓄と退職金を活用し、すべて自己資金。当初は700万円ほどを想定していたが、思いのほか店舗が大きく、人を雇う必要が出てきた。

【　立地選定　】　
約40年勤務した会社の本社があり、愛着のある淀屋橋・本町周辺で探した。まだ現役で働く会社員時代の知人も多く、地縁のないエリアでの開店は「考えられなかった」という。

【　店舗デザイン・設備　】　
飲食店開業講座で知り合った同業者から紹介してもらった建築デザイナーに依頼。器は行きつけのお店が閉店する際、「いつかお店を持ちたい」と譲り受けたものや、ホームパーティで使っていたもの。

【　開業までに要した期間　】　
定年退職後はすぐに始めるつもりだったが、図らずもコロナ禍により準備期間ができた。調理師免許は10年以上前に憧れから取得。

【　「あきない虎の穴」担当者からのコメント　】
「虎の穴」受講中から本気度は伝わってきていましたが、趣味の延長線上な感じかな～と思っていたので、本町駅直結の物件でスタッフも雇用もして、と聞いたときは正直ビックリしました。が、実際に物件を見て、本田さんにピッタリの物件だし、お客さんも来るだろうと思いました。実際、手間暇かけた料理と落ち着いた接客が想定していたシニア層に受け、早い時間に来店する人も多いそう。いつもセミナー終わりの1人飲みでお世話になってますが、あんまり遅い時間に行くと迷惑だと思うのでほどほどにしときます（笑）。（大阪産業創造館創業支援チーム　浜田哲史）