【飲食店開業への道】30年越しの思いを込めた「オトナの秘密基地『和酒BAR ま』」50歳からの夢実現物語
まちを縦横無尽に走る路地に飲食店がひしめき合う天満のなかでも「和酒BAR ま」は、ひときわ見つけにくい商店街の中ほどに位置している。人呼んで「オトナの秘密基地」。ドアを開けた向こうには人懐っこい笑顔の店主、光山氏が出迎えてくれる。
「お客さん一人ひとりに目が届くように」とコの字型に設えられたカウンターは、立ち飲み形式で10人も入ればいっぱいとなる居心地が良い空間だ。
両親が営んでいた席数10ほどの居酒屋のアットホームな雰囲気に憧れ、「いつか自分もこんな店を持ちたい」と思った。高校生の時にそのことを母親に打ち明けると「開業資金を今から貯めておきなさい」と言われ、専用口座をつくった。
メディア関係の会社に就職した2年目、母親から店を継がないかと打診を受ける。仕事が面白くなってきた時期だったために断ったが、その時に「50歳で会社を退職し開業する」という明確な目標ができた。
同僚にも知人にも50歳で独立開業すると公言し、退路を断った。早期退職制度を利用し会社を辞めたのは2020年3月。計画からはやや遅れたものの53歳の時のことだ。開業までに飲食店開業希望者向けの講座やバーテンダースクールに通い、開業時の参考にするためにあらゆる飲食店を訪ね歩いた。
何より役立ったのは30年以上にわたる営業経験だという。「売上げ・原価管理はそのまま店の収益管理に、社内外の調整は仕入れ先や近隣店舗との交渉や調整に、マーケティングは顧客の声をふまえたイベント企画に生かされている」。
コロナ禍での開業だったため、酒類の提供を禁じられた時期はコーヒーの自動抽出器を置いてしのいだ。それでもこの3年間じわじわと右肩上がりで客足は増えてきた。顧客層は20〜50代と幅広く、ヘビーユーザーからは「まさにぃ」と慕われ、人生相談を持ち掛けられることも多い。「3度結婚しているので、恋愛や結婚、離婚相談が一番多いかな」。
ふだんは1人で切り盛りするが、週末に店を彩るのがアルバイト「『ま』シスターズ」の15人。「お酒が好きで、お客さんとのコミュニケーションも抜群」の彼女たちのサポート無しには、週末は乗り切れない。
30年越しの目標を実現した光山さんだが、想定以上につらいのは昼夜逆転の生活で家族との時間を持てないことだ。どんなに遅く帰っても、妻、6歳になる娘と3人の朝食の団らんは欠かさない。「好きなことをやれているのは妻のおかげ」と感謝の気持ちも忘れない。
9月に催した3周年記念イベントには3日間で200人の顧客が訪ねてくれた。「ここがぼくにとっての終の棲家。両親がやってきたように、今のお客さんを大切に長く愛される店にしたい」と育てていこうとしている。
(取材・文/山口裕史 写真/福永浩二)
【 開業資金 】
高校生の時から「いつか開業するときのために」とこつこつ貯めていた1,000万円を開業資金に充て、うち700万円を改装費などの開店費用とし、残りの300万円を運転資金とした。
【 立地選定 】
小さいころ天満の近くに親戚が住んでおり、なじみの土地であったことに加え、おいしい日本酒を若い世代に伝えたいとの思いから、若者が集まる天満を選んだ。
【 店舗デザイン・設備 】
「すべてのお客さんを目の届く範囲で」とコの字型カウンターを取り入れた。壁はグレーで統一し、「オトナの秘密基地」にふさわしいシックな空間とした。
【 開業までに要した期間 】6カ月
【 「あきない虎の穴」担当者からのコメント 】
「趣味:結婚、特技:離婚」というキャッチコピーで自己紹介されたので「おもろいおっちゃんやな~」というのが第一印象(笑)。メディア関係出身ということもあり、ちょっとチャラっとしたちょい悪オヤジっぽかったので、本気で開業するとは思っていなかったけど、しっかり計画されてたんですね~。開業されたお店は、5年前に聞いていたまんまのシックでカッコいい空間で、光山さんの店主っぷりも様になっていて、まさに「オトナの秘密基地」。天満に行きつけのお店が1つ増えて嬉しいです。(大阪産業創造館 創業支援チーム 浜田 哲史)
【 あきない虎の穴 】https://www.sansokan.jp/tora