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匂いをデータ化する“人工の鼻”が生み出す新たなビジネス

2026.06.08

「匂いのデータベースでデファクト・スタンダードをつくる」。そう語るのは、株式会社香味醗酵の代表で事業開発を率いる久保氏。大阪大学発ベンチャーである同社は、世の中のあらゆる「匂い」を数値化する世界的に類をみない技術を武器に、幅広い産業分野でソリューション開発に取り組んでいる。

始まりは2017年。デザイン領域で経営畑を歩んできた久保氏は、生体分子を研究していた大阪大学の産業科学研究所の基礎技術に出会った。人間は388種類の嗅覚受容体で匂いを識別しているとされるが、本技術では受容体を再現したセンサのプロトタイプを用いて、匂いのデジタルデータ化に成功。これを社会実装すべく、久保氏は香味醗酵を設立し、事業開発がスタートした。

大阪・関西万博で展示された匂い再構成ディフューザー。

データ化によって、画像や音声と同様に、匂いも瞬時に伝送し再構成することが可能になる。さらに、この「再構成」においても同社は独自の強みを持つ。「匂いの構成物質の中でも、特に重要な数種類の成分を私たちは特定しています。したがって、インクジェットプリンターのカートリッジのように、少ない原料から多様な匂いを再現できるのです」と久保氏。この技術を活かせば、テーブルにも置けるコンパクトなディフューザーをネットワークでつなぎ、世界中の家庭に同じ匂いを同時に届けることも可能だ。また、匂いの原料を別のものに置き換えられる点も大きなメリットだ。「例えば、高価なバニラビーンズを使わずにバニラフレーバーのお菓子を作るなど、低コストで食品や飲料を開発することも可能になります。さらに、砂糖を使わずに甘い匂いを加えることで、糖分を抑えた健康的な食品も実現できます」と展望を語る。

人の嗅覚受容体を再現したセンサをアレイ化した「人工の鼻」。

嗅覚の受容体を再現したことで、もうひとつ可能になったことがある。それは、不快な匂いだけを“感じない”状態を作ることだ。従来の消臭剤は、異なる匂いを上からかぶせることで悪臭を感じにくくしていたが、同社は「特定の匂いを感じる受容体にフタをする」という新たな発想の消臭剤を開発している。また、害虫や野生動物などの受容体を分析することで、それらが細胞レベルで嫌がる匂いを特定し、より効果的な虫よけや害獣対策の商品開発も可能となる。

より小型で素早く匂いを再構成する新たなディフューザーを開発中だ。

このように、匂いのデータ化によって生み出せる価値やソリューションは枚挙にいとまがない。公共施設や介護現場における匂い対策や、体臭データを基にしたヘルスケア、エンターテインメント分野での香り演出など、その応用範囲は多岐にわたる。「匂いを波形の形で可視化できるということは、知的財産として保護することも可能です。いずれは有名なキャラクターが『匂い』という新たな著作権を持つ時代も来るでしょう」と久保氏。

無限の可能性を持つ同社の技術だが、その実装に不可欠な要素として現在もっとも注力しているのが「匂いデータベース」の構築だ。「世の中に存在する膨大な種類の匂いデータを蓄積し、それをサービス開発やソリューションのインフラとして提供することで、私たちの技術が世界中で活用される未来を描いています。これまで食品や化粧品、日用品などのメーカーが数えきれないほどの匂いを開発してきましたが、今後はそれらを『感覚』ではなく客観的な『データ』として記録し、共有できるようになるでしょう。そのための世界共通のデータ規格を作り、世に普及させていきます」。

代表取締役・最高事業開発責任者 久保 賢治氏

(取材・文/福希楽喜)
※掲載写真は、編集部にて撮影したもの以外に、取材先企業からご提供いただいた写真も含まれています。

株式会社香味醗酵

代表取締役・最高事業開発責任者

久保 賢治氏

https://komi-hakko.co.jp

事業内容/匂いの定量化・データベース化、デジタルフレーバー開発