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腸で呼吸するという発想 新生児医療を変える「EVA法」

2026.06.09

腸を活用して呼吸する――これまで医学史になかった新たな医療技術が誕生している。株式会社EVA(エヴァ)セラピューティクスが開発した経肛門腸換気(EVA:Enteral Ventilation via Anus)法だ。これは、ドジョウなどの水生動物が低酸素環境下で腸からガス交換を行う「腸呼吸」に着想を得たもので、人間でも条件を整えれば腸から酸素を吸収できることを、動物実験で確認した研究成果に基づいている。

この腸呼吸法は、東京科学大学の教授であり、同社の創業者でもある武部貴則氏が発見した。武部氏は「お尻から呼吸する能力があることを発見したことについて」というテーマで、2024年にイグ・ノーベル生理学賞を受賞。さらに2026年には、米国TIME誌の「ヘルスケア分野において世界で最も影響力のある100人」に選ばれている。

水中で呼吸するブタは、腸から酸素を取り込むEVA法の可能性を表現したイメージ。ヒトに近い生理構造を持つブタは、実際に医療研究で広く用いられるモデル動物でもある。これまで哺乳類は肺でしか呼吸できないと考えられてきたが、EVA法は腸を介して酸素を供給するという新しいアプローチに挑んでいる。幻想的な水中の世界は、呼吸不全治療の常識を変えるかもしれない未来を象徴している。

では、この先進的な医療技術はどのような場面で使われるのだろうか。同社代表取締役の尾﨑氏は、「肺が未発達な新生児の救命に用いることをコンセプトにしています」と語る。日本では毎年約70万人の新生児が誕生するが、その中には肺が未熟な状態の新生児も2~3万人存在する。こうした場合、一般的には人工呼吸器を装着されるが、それでも呼吸管理が困難な重篤なケースではECMO(人工肺)が用いられる。EVA法は、最終手段であるECMOへの移行を防ぎ、肺が発達するまでの補助的手段としての活用を想定している。

また、人工呼吸器などの高度医療設備を備えていない産院で生まれた新生児が、NICUへ搬送されるまでの数時間を支える役割も期待されている。「近年は産院の減少により、NICUまでの距離が広がりつつあります。EVA法はそのギャップを埋めるソリューションの一つにもなり得ます」と尾﨑氏は述べる。こうした活用により、新生児の救命率の向上が期待されている。

腸から酸素を供給するEVA法による呼吸補助の施術イメージ。

もうひとつ、EVA法には特徴がある。血中酸素濃度を高めるだけでなく、腸そのものにも直接酸素を供給できる点だ。腸粘膜を修復すると同時に、腸組織から吸収された酸素は門脈を通じて肝臓へも届く。「そのような技術は、世の中にまだ存在していません」と尾﨑氏は言う。つまり、EVA法は呼吸補助にとどまらず、腸の炎症性疾患や肝臓の状態改善につながる可能性も併せ持つのだ。

同社が開発しているのは、そのための医療機器である。酸素を多く溶解できる液体を肛門から腸内に注入し、腸組織を通じて血液中へ酸素を供給するデバイスだ。この機器は、人工呼吸器やECMO(人工肺)による治療に比べ、低侵襲でシンプルな運用が可能になると期待されている。特にECMOは血液を体外に循環させるため感染症のリスクがあるうえ、専門人材を要することから導入できる医療機関が限られる。一方、腸呼吸技術は大がかりな操作を必要とせず、院内リソースも少なくて済む。

同社は大学や医療機関、製薬企業などと連携した開発体制を構築しており、2021年に動物実験を完了した。2024年には臨床試験を開始し、2030年の実用化を視野に入れている。「直近の課題は、動物で確認された酸素化が人でも再現できるかという点です」と尾﨑氏。腸呼吸法が有効な治療法として社会実装される日を見据え、開発は着実に進められている。

代表取締役 尾﨑 拡氏

(取材・文/荒木さと子)
※掲載写真は、編集部にて撮影したもの以外に、取材先企業からご提供いただいた写真も含まれています。

株式会社EVAセラピューティクス

代表取締役

尾﨑 拡氏

https://evatherapeutics.jp

事業内容/腸呼吸法による医療機器 の開発