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【ロングインタビュー】日本型農業モデルをカンボジアへ“輸出”

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カンボジアで約20種類の野菜を生産し、現地のスーパーやレストランに流通させるビジネスを3年がかりで確立した。資金が底をつき、体を壊しかけてまで現地の農業ビジネス確立に向け挑み続けた原動力は「日本の農業の可能性を広げたい」そして「カンボジアの子どもたちを学校に通わせたい」との熱い思いからだった。

―農業従事者とまず日本で会社を興されました。そもそも海外で農業を、となったきっかけは?

人材会社のサラリーマンを辞めて、父が営む農業資材販売会社に入りました。取引先である生産者と話をしていると、ネガティブな話をよく耳にしました。「儲からないからもう辞めようと思う」とか。

でも世界に目を転じれば人口はどんどん増えている。市場を外に向ければ面白い産業になるんではないかと考え、若手の勢いのある農業従事者と話し合って、「海外で成功する日本の農業の事例をつくろう」と立ち上げました。

―実際にやるとなると相当の動機付けがなければできないのでは。

母が哲学の好きな人で、僕が幼い頃から「あなたは何のために生きているのか」と問うような人でした。あるときテレビ番組で、日本人が開発途上国支援に携わっている映像を見て、僕の進む道はこれだ、と直感で思ったんです。それで、大学時代までは国際開発に携わる国際公務員をめざしていました。ただ、大学に行って研究をすると現状の国際開発のあり方では現地に即した支援は難しいと感じ、気持ちが薄れました。

その頃ある社長に出会いました。その社長は自身で立ち上げた会社で成功し、そのお金を元手に独自の国際支援を行っていたのです。それなら、自分も同じようにすればいいのだと考え、将来の起業を見据え人材業界に就職しました。ところが入社後2年経った頃、父から連絡が入ってきたんです。「体調を崩したので手伝ってくれないか」と。それが農業にかかわることになったきっかけです。

でも、農業のマーケットの先行きは厳しい。農業のマーケットは胃袋の大きさと比例します。高齢化で人口も細る。国内で過当競争を繰り返すことになり、仕事の大きな広がりが見出せず悩んでいた中で、世界に目を向けました。日本の、安全性にこだわった農作物、農業が必要とされている。そう考えたとき日本の農業の可能性が一気に広がったのです。

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2015年07月09日
株式会社ジャパン・ファームプロダクツ(カンボジア)
代表取締役社長  
阿古 哲史氏

資本金/10,000ドル 従業員数/26名 設立/2012年

事業内容/野菜・果物の現地生産及び提携生産、日本の農産物及び加工品と現地生産野菜の販売、農産加工品の開発。

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