《講演録》挑戦するために、ロングセラーを手放す!「ぽぽちゃん」生産終了、未来へ活かす決断
2024年4月25日(木)開催
【トークライブ!】挑戦するために、ロングセラーを手放す!
ぽぽちゃん」生産終了、未来へ活かす決断
講師 桐渕 真人氏(ピープル株式会社 取締役兼代表執行役)
2023年9月、東京の玩具メーカー「ピープル」は看板商品である、子ども向けの抱き人形「ぽぽちゃん」の生産終了を発表した。27年間で累計580万体を売上げた「ぽぽちゃん」の生産終了は、大きな反響をもたらした。創業以来、最大収益を得た年にこの決断をした背景には、パーパス活用に基づく自社リソースの徹底的な見直しがあった。今回の「トークライブ!」では、業務効率化やDX、事業の見直しに積極的に取り組む同社代表の桐渕 真人氏に、会社が挑戦するために「やめること」「やるべきこと」についてお話しいただいた。
目次
■ 商品企画のベースは観察力
昨年9月、ピープルの看板商品である抱き人形「ぽぽちゃん」の生産終了を発表しました。その発表は、LINE NEWSやYahoo!ニュースのトップページに取り上げられるなど大きな反響がありました。なぜピープルの基幹産業であった「ぽぽちゃん」人形の生産終了を決定したのか。それは、会社における「パーパス」を決めた結果でした。
わが社の歴史をひも解くと、創業者である桐渕真一郎はもともと広告業界の人間でした。広告の活用を模索する中で、当時、視聴率30パーセントを超える子ども向け人気番組「ポンキッキ」の広告枠を勝ち取ります。
1982年からは、主婦や子どもにアプローチできる商品としておもちゃの企画に着手します。赤ちゃんや子どもの行動観察からスタートし、どの子もティッシュや家の中の物を触りたがるという特性を見つけて「やりたい放題」という商品を開発。いまなお続く大ヒット商品となります。以来、赤ちゃんや子どもの観察が商品企画のベースとなりました。
そうした中に、「ぽぽちゃん」の開発につながる発見がありました。それまで子どもが抱きしめるおもちゃはぬいぐるみが中心でしたが、よく観察すると、子どもはぬいぐるみを抱きしめたいわけではなく、自分を模したものに愛着を持っているのだとわかったのです。そこで、柔らかくてサイズ感にこだわった「ぽぽちゃん」を開発したのでした。
■ コモディティ化による市場変化
しかしその後、わが社は衰退期に入ります。インターネットが普及したことで、ビジネスモデルのエンジンだったテレビCMの効率が悪くなったのです。また商品のコモディティ化が進んだことで新商品を作ってもヒットが出なくなり、既存のロングセラーを維持することにエネルギーの大半を注ぐようになりました。
当時の社外取締役から、私を社長にとの白羽の矢が立ったのはそんなタイミングでした。
社長になった私はまず経営陣を一新し、会社の現状把握に努めました。「いま、なぜ苦しいのか」の答えは、会社の歴史をひも解いてみるとわかりました。「すべての戦線を維持せよ」という状態になっていて、粗利益率がジリ貧状態だったのです。
そこで、競合がない新商品を作ろうとしたのですが、3年間で一つも生み出せませんでした。ロングセラー商品の維持にエネルギーの大半を注いでいたからです。「ぽぽちゃん」の場合、発売当初のサイズは大人に対する赤ちゃんの比率だったところを、子どもと赤ちゃんの比率の大きさにしたり、寝転がるようにすると目をつむるなど、子どもが赤ちゃんを感じられるものとしてのこだわりを強めていました。
そうしたなか、「ぽぽちゃん」に寄せた競合品が登場します。その二つを子どもの前に並べるとほぼ間違いなく「ぽぽちゃん」を選んでくれるのですが、コモディティ化すると子どもの欲求よりも実際に購入するお母さんの好みが優先され、他社商品に市場の大半を奪われてしまったのです。
■ 新商品よりも「先に手放す」
収益性の悪さは、流通やお母さんの興味の奪い合い、競争に勝つことに時間を使うようになっていた結果でした。社員の様子を一人ひとり見てみると、 新商品を作りたいけれど、「ロングセラー商品を殺さないための仕事」を365日続けていたのです。それに気づくまで3年かかり、新商品を作るのではなく「先に手放す」という決意をしました。
では、何を捨てるのか。その線引きのために「パーパス」という企業理念をつくることにしました。一番の課題は利幅を大きくすることで、そのために競合がいないところで戦わなければなりません。われわれが40年かけて培ってきた得意なことや好きなものはなんだろうと、役員で何度も話し合いました。
経営側で8割を決め、残りは約50名ほどいる社員を巻き込んでいこうと考え、ワークショップを5週間かけて行いました。ワークショップでは社員に5つの問いに答えてもらい、そうした中から出てきたワードを拾いながら会社としてのパーパスをつくりあげてきました。それが、「子どもの好奇心がはじける瞬間をつくりたい!」というものです。
われわれのコアコンピタンスは観察することです。そもそも、おもちゃ業界はキャラクターがあるかないかで売れ行きが決定するといっても過言ではありません。そうしたなか、弊社はキャラクターがなくても子どもを喜ばせられるというのが強みであり、40年間も子どもと続けてきた対話データの蓄積があることに気づいたのです。
私は、ずっと欲しかったものを手に取った瞬間の子どもたちの表情の変化が大好きです。子どもたちが気に入るようなおもちゃを渡したとき、子どもは「わー」と喜ぶんじゃなくて、真顔になって集中力を発揮します。その「熱中する瞬間」を探すことがわれわれの一番やりたいことであり、強みであると結論づけました。
■ 子どもの好奇心を信じて
会社のパーパスとは、裏を返せば「何を捨てるか」を線引きするための物差しです。そこで、収益性が悪く、将来的に成長させられない商品として「ぽぽちゃん・自転車・マグナタイルズ」の三つの生産・販売を終了することにしました。
幼児用自転車については、発売当時に販売されていたものはいずれも大人用を単にサイズダウンしたものではなく、子どもの身体の寸法を全て測り直して子どもならではの等身に合うようサイズを変えたものでした。やがて業界ナンバーワンになったんですが、コモディティ化の結果、毎年新しい色の自転車を街中で探しまわるといったことに社員が時間を割くようになってしまいました。
三つの商品をやめたことで社員の手が空き、いまは7つの新商品プロジェクトを進めています。これからどんなものが世の中に求められるのか。社員50人全員が商品開発者として、パーパスを判断基準に、部署をまたぎながら自分の仕事を選んでつくって進めてもらっています。
来年にはようやく新商品が登場します。今年は一時的な業績の悪化も覚悟していますが、新商品の開発、PRやIR活動、有力カテゴリーである「やりたい放題」など好調既存品の強化に力を注いでいるところです。
3年以内に業績を好転させられるかどうかが勝負になってきますが、ここでもパーパスが指針です。「子どもの好奇心」を信じて、われわれしかできない好きなことをやっている中でこそ、良い商品ができるはずです。それがヒットし、業績や収益性の改善につながるビジネスモデルになると信じています。
■ 質疑応答
参加者から挙がった質問をインタビュアーが取りまとめてお聞きし、回答いただきました。
(進行・インタビュアー 本田 沙織氏)
―― 経営者の交代、パーパスの制定、ロングセラー商品の終了など、新しい流れに対して社員の方の反発などはありましたか。
桐渕 真人(以下、桐渕):経営者の交代については、主に経営陣の選任・解任を議論し、指名委員会を取締役会の中に設置して進めました。その後、改革をスピーディーに進めていきましたが、社員から何か反発を受けるということはありませんでした。
一方で、「ぽぽちゃん」の生産を中止することについては、当初は社員全員が反対の立場でした。もちろん変化を嫌うベテラン社員も少なくありませんでしたが、経営の立場からデータを用いて一人ひとりに時間をかけて説明し、変わらなければならない理由を伝え、そのうえで社員の気持ちを聞かせてもらいました。結果として、社員一人ひとりに納得してもらえたと思っています。
◎ 社員の自律的な行動をどう促すか
―― パーパス経営は、社員の自律的な行動が必要になると思います。社員のレベルがある程度高くなければうまくいかない部分があると思いますがいかがですか。
桐渕:代表になった当初、経営仲間から「何から取り組むのか」と聞かれ、「人を変えること」と直感的に答えました。そして、社員に対しては「自立することの重要性」をワークショップで伝え、自己適性判断テストもたびたび行いました。その結果、分かったのは「人を変えるのは無理」ということ。人は自分で変わりたいと思って努力することでこそ、変わるのです。
その後、P-1グランプリという制度を設けました。1人5分のプレゼン時間が与えられ、パーパスに沿う新商品を提案し、その提案が通ったらリーダーになります。大ヒットしても大失敗しても、派手に予算を使った人は昇給するという全社員対象の制度です。今、そのシステムの中で走り始めた全体の15%ほどの社員によって、7つのプロジェクトを進めています。
人事評価制度についても、4つの軸を設けました。「成功しても失敗してもいいからチャレンジする」「ヒット商品を作る」「業務改善をして事実上のコストダウンを成功させる」「収益に関する成果を出す」の4つです。昨年からは、結果を出せなかった人への減給も行っています。厳しいかもしれませんが、成果を出したときに昇給するために必要な制度だと思っています。
◎ 創業者の長男として入社した理由
―― 創業者の長男としてピープルに入社した時点で、後継者になることは予想されたと思います。入社された理由は。
桐渕:大学では情報系の学問を学びましたが、プログラミングは自分には向いていませんでした。本当に興味があったのは人間の脳や行動で、本能的なことも含めて子どもの研究をしたほうが学びがあると思い、後継者になる意識を持たずに入社しました。
ピープルでは自転車の担当になり、子どもの本能を反映していくのが楽しくて、気がつくと15年経っていた感じです。ずっと子どもに関わって商品開発をしたいと思っていましたが、社外取締役から「親族なのに経営をやらないのは将来的に混乱を招くのでは」と言われました。
前任者は強烈なリーダーシップを持つタイプで、私自身はそのような経営ができるわけでもなかったのですが、子どもたちの研究と楽しい商品の開発に目を輝かせる社員がたくさんいて、この人たちが生き生きできる仕事場をつくることなら責任が持てると思いました。
―― 後継者教育を受けてこられたわけではなかったと思いますが、そのあたりはどのように身に付けられたのですか。
桐渕:まず「社長 仕事」で検索しました(笑)。自分の中に「社長像」がなかったので、改革に対してもまったく抵抗がなかったんです。ジリ貧状態になっている会社を立て直し、予測が難しい時代に会社でやっていくべきことは何かを合理的に考えることができたと思います。
今、「ぽぽちゃん」の生産を終了 して本当に良かったと思っています。これから新たなヒット商品を生み出すことで、ようやくそのストーリーは完結するのですが、まだ結論は出ていませんね。
◎ 「ぽぽちゃん」をやめないという選択肢はなかった
―― 子どもの喜ぶ顔を見るために、「ぽぽちゃん」の生産を続けるという考えはなかったのですか?
桐渕:実は「ぽぽちゃん」をやめると決めた3か月後に、私自身が経営陣に対して「ぽぽちゃん」を活用する方法をプレゼンしたんです。ところが、一人から「パーパスから外れていると思う」と言われ、ハッとしました。そしてそのような提案をした自分が恥ずかしく感じました。
おそらく[ぽぽちゃん]の生産を延長させたとしても、万人受けするような顔つきに変わり、本来子どもたちが喜ぶようなもの、自分たちが作りたいものとは異なっていたと思います。それだけはやってはいけないと思いますので、生産終了 の決断は正しかったと信じています。
(文/安藤智郎)
桐渕 真人氏(ピープル株式会社 取締役兼代表執行役)
ピープル株式会社創業者の長男として1979年に生まれる。東京都出身。はこだて未来大学卒。2005年入社後、企画部として自転車事業を十数年担当。2019年4月、当社取締役兼代表執行役に就任し現在に至る。プライベートでは小学5年生と1年生の男児2人の父。ピープル株式会社noteでは、経営課題などリアルタイムな気づきを発信中。
本田 沙織氏(中小企業診断士)
1990年生まれ、熊本県出身。神戸大学卒。兵庫県の生協にて営業・バイヤーに従事したのち、家業である酒販店の事業承継問題が持ち上がったのをきっかけに、2022年に中小企業診断士登録・開業。専門はマーケティングや販促支援で、中小企業や個人事業主向けのコンサルティングの他、大阪産業大学非常勤講師も務めている。プライベートでは1児の母。