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《講演録》顧客の熱狂を生み出しマーケティングに活用する戦略とは

2024.06.14

2024年2月8日(木)開催
【OSAKAファンマーケティング会議】
顧客の熱狂を生み出しマーケティングに活用する戦略とは

講師 高橋 遼氏(株式会社トライバルメディアハウス クリエイティブディレクター)

商品のスペックだけで差別化することが難しくなった昨今、企業のこだわりや価値観に共鳴するファンは、“資産”といっても過言ではない存在。そのファンをカギとする「ファンマーケティング」に寄せられる関心は大きく、ファンイベントの実施やSNS上でファンとのコミュニケーションに注力する企業も増えている。今回開催した【OSAKAファンマーケティング会議】では、企業のマーケティング戦略構築およびプロモーションプランニングなどの専門家・高橋遼氏に、ファンマーケティングが注目される背景や戦略策定前の考え方を話していただいた。

 

■ 現代で社会的ブームは起こらない

トライバルメディアハウスはFacebookやX(旧Twitter)が日本に上陸した時期に創業した会社で、海外におけるSNSの先進的な事例を研究しながら、国内ブランドのSNS活用支援を行ってきました。

SNSが日本ではじまった当初、企業アカウントで数百人から数千人規模のフォロワーとコミュニケーションを図っていましたが、いまでは個人アカウントでも10万人、場合によっては100万人以上のフォロワーを持つ方もいます。そのような背景から、徐々にSNSのファンやフォロワーと画一的なコミュニケーションを行なっていくことが、必ずしもブランドのファンとコミュニケーションを取ることとは限らない状況になってきました。そうした状況において、SNSのファンやフォロワーのなかでも、本当にブランドのことを愛してくれている熱狂的なブランドの支持者とのコミュニケーションに着目し、ファンマーケティングというものを事業の一つとしています。

私が小学生の頃ミニ四駆がとてもはやり、中学生のころはナイキのエアマックスがブームになりました。思い返すと、一つのものが古今東西で一斉に流行るという社会的ブームが成立した、最後の世代です。そうした社会的なブームがもはや起こりにくい今の世の中で、マーケティングはどのように変わっていけばいいのでしょうか。

⽇産⾃動⾞ コーポレート市場情報統括本部の⾼橋直樹氏は、マーケティングの時代は3つに区分できると話しています。1970~80年代、人口が右肩上がりで増えていた「狩猟の時代」、1990~2000年代に人口が高止まりし顧客の資産をいかに耕していくかという「農耕の時代」。そして、技術がほぼ成熟した今は「どんなブランドと一緒に生活すればより幸せになれるか」という「宗教の時代」に入っているという話です。

 

■ 文脈価値が形づくる“ブランドの輪郭”

もう何年も前から、製品のみでの差別化ができない時代になってきています。プロモーションを行って効果を観測しないと売れなかったり、価格競争が激しくなった結果、ブランドの競争優位性を⽣まない限りは、果てなき消耗戦を続けることになりかねません。

スマートフォンのユーザーは画面のロックを1日に約80~100回解除するといわれ、日常的に使うアプリは10~12個といわれています。ブランドとの接点は、スマホを介して商品の評判やYouTuberの投稿を見ることで形成されるのが、当たり前になっています。

そうした中で、「ブランドの輪郭」を形づくるものも変わってきました。1970~80年代はコーポレートアイデンティティをどう確立し、それをいかにお客さまに伝えていくかが議論されました。たとえば「お口の恋人」といえばロッテですし、「お、ねだん以上。」といえばニトリといったように、一つのイメージを広く伝えていくというのがセオリーでした。

ところが、スマホでなんでも見られる時代では、どのような価値をお客さまに提案できるかや、どのようにお客さまと信頼を築けているかが「ブランドの輪郭」をつくるうえで大切な要素になっていきました。

こうした時代に適応するマーケティングのヒントは、むしろ買ってくださった人たちにどのような体験を提供していくかという視点への転換にあります。それはつまり、皆さんにとって「大切な顧客は誰か」を考え抜くことと同義です。

ファンマーケティングというのは、ファンによる売上げを上げるためのマーケティングをさしているわけではありません。自社のブランドに対して、ファンが持つ資産を見極めて、それを皆さんがすでに取り組んでいる施策にインストールしていくことが大事だと私は考えています。

マーケティングが「宗教の時代」に⼊った今、顧客が持つ⽂脈価値によって“ブランドの輪郭”が形づくられています。口コミや評判がブランドへの意思決定を左右しがちな中で、顧客を囲い込もうとするのではなく、ファンが熱狂しているポイントを理解してマーケティング活動に生かしていくことが最も重要になっています。

 

■ ブランドはファンと共創していくもの

では、ブランドに向けられているファンの熱量は、どのような⽂脈の中で発揮されるのでしょうか。「消費者=神さま」と捉えてしまうと、ギャップが生じるケースがよくあります。なぜなら、それはファンが期待していることではないからです。我々がプロジェクトでお客さまとマインドセットをしていく際は「ファンを“価値共創パートナー”と捉え直そう」という話をしています。

たとえば高級フレンチのレストランで、客のほとんどが短パン・Tシャツ姿で皆が「とりあえず生で」と注文する店は想像しづらいかと思います。つまり、レストランの価値はその店だけが作り出しているのではなく、そこを訪れたお客さまも一緒に創造しているものなのです。これが価値共創の考え方です。

そのうえで、顧客が発揮している⽂脈価値を理解することが大切です。Googleで「ほぼ日手帳」と画像検索すると、絵日記を描いていたり今日の気づきを記していたり、人それぞれの日記の使い方が表示されるのですが、これが文脈価値です。ファンは決してワンパターンではありません。細分化して見ていくことがファンを理解する第一歩です。

乱暴な言い方をすると、何を買っても機能的には大差がないという今の世の中において、機能があるから買うというよりも、その機能も含めた商品やサービスを買って「どんな気分になるか」「自分の人生にどんな意味づけができるか」という視点から商品やブランドを選ぶことが多くなっているので、こうした文脈を深掘りしていくことはとても意味があります。

ブランドは価値を「提案」できるが、「提供」はできないといわれます。お客さまを消費者としてだけではなく、ブランドにとっての“価値共創者”と捉えることが大切です。熱狂的なファンが発揮している⽂脈価値が何かを知ることで、そのブランドの輪郭をより明らかにしていけると考えています。

 

■ 「なぜ」ではなく「どうやって」を尋ねる

当社ではファンの方々にインタビューする際、「なぜファンになったか」ではなく「どうやってファンになったのか」を聞くようにしています。「Why」ではなく「How」を聞くというプロセスです。たとえば、ファンの方に製品やサービスを知った・好きになった年表を書いてもらい、それをひも解きながら「その行動の裏側にある欲求」にはどういうものがあるのかを探っていきます。

たとえば、「おやつのサブスク」として数種類のお菓子を定期的に届ける「snaq me(スナックミー)」というサービスがあります。この会社の代表は、自身がLINEを使ってお客さまの声に対応する中で、あるお客さまが「ボックスを開ける前に中をシャッフルして、その日のおやつが何か分からなくする」という演出をして楽しんでいることを知ったそうです。

そして「おやつがおいしいことはもちろんだけれども、それと同じくらい、ファンは自宅に届くおやつのボックスを開ける瞬間に期待をしている」という仮説を立て、そこからおやつのボックスを改良したり、どんなおやつが出てくるか分からないおやつのタワーを作ったりして、毎回のおやつ体験を大切にできるようなサービスに改良していると話していました。つまり「今日のおやつは何かな?」とワクワクするところにたどり着き、その裏にある欲求を探っていくというプロセスを重要視しているのです。

このように、顧客の熱狂プロセスを知るためには、「カスタマージャーニーの逆引き」が不可⽋です。ファンの「⾏動」と「欲求」を整理することで、コミュニケーションのヒントを得ることができるのです。

 

■ 自社の公式ホームページにはリンクしない

バラエティ豊富なクラフトビールを数多く手掛けるヤッホーブルーイングの象徴的なイベントに、北軽井沢に約1,000人のファンが集まって1泊2日でキャンプをしながらビールを飲む「超宴」があります。1,000人ですからビールを配るだけでも大変な騒ぎになりそうですが、見学すると、ファンの方たちが全員に行き渡るように自発的にビールを配っていて、お互いにピースフルに楽しめるような振る舞いをしていたのが印象的でした。

また、新潟のキャンプ用品メーカーのスノーピークには、社員がファンと実際にキャンプをするイベントがあります。メーカー側はファンと焚火を囲みながら自社製品のフィードバックを直接受けていて、だからこそ自分たちの製品にとても自信があるとおっしゃっていました。

ブランドコミュニティとは何かを、こうした事例を通して考えてみると、「熱狂的なファンを最前列に置いている」ということに気づきます。規模を大きくしようとするコミュニティほどクローズドになってしまうことがよくあるので、ポイントは少人数でもいいので「熱狂的なファン」を近くにいてもらえるような環境を整え、その人たちからライトな人や新規の人に伝えていってもらう。そういう構造でコミュニティを捉えていかないと、うまくいかないということが分かります。

最近の事例として、作業着などで有名なワークマンでは「ワークマン公式アンバサダー」に認定された人が、自社のエゴサーチをしてくれています。SNSでワークマン製品が好きな方を常にウオッチしていて、ワークマン公式アンバサダーになっていただきたい方をスカウトしています。

ワークマンでは、新製品のポップアップの二次元コードを読み込むと、ワークマンの公式サイトではなく、彼らアンバサダーのSNSに飛ぶそうです。自分たちのコンテンツに集客しなくても、アンバサダーのSNSが成長していけば、結果的に自分たちのビジネスにつながるという仮説で、アンバサダーのアカウントの後押しにもなる独自の仕掛けを徹底して行っています。

 

■ ファンを道しるべに既存の施策を考える

SNSを含め、コミュニティ形成を考えたとき、多くの人がコンテンツを定期的に投稿していればファン度も上がっていくと思いがちですが、実際の調査では、何か特別な体験などがあり、それが熱狂的なファンへの「壁」を越えるきっかけになったというケースが少なくありません。「どういうふうにそのブランドを好きになったんですか」と聞くと、熱狂的なファンほど明確なエピソードを熱く語ってくださる方が多いものです。

ファンの多さは業種、業態によって変わるものなので、相対的にファンが多く含まれる業界とそうでない業界があります。あとは、同じ業界でもブランドによってファンの熱狂度に差があったりもします。すべての顧客をファンにすることは不可能なので、顧客の熱量を高める活動と、それを広めるということ、ファンの活動を資産化して広めるという活動を分けて実行していくことが、ブランドをコミュニティとして捉えた時に重要になります。

ファンは競争優位性を発揮するための道しるべになるものであり、そのファンをおもてなししようというのではなく、その人たちを「道しるべ」にしながら、既存の施策に生かしていくという考え方が大切なのです。

(文/安藤智郎)

 
高橋 遼氏(株式会社トライバルメディアハウス クリエイティブディレクター)
1983年生まれ。広告会社を経て、2010年トライバルメディアハウスに入社。企業のマーケティング戦略構築およびプロモーションプランニング、実行に従事。これまでに大手航空会社、ファッションブランド、スポーツブランド、化粧品ブランド、飲料メーカーなどを担当。 著書に『熱狂顧客戦略』(翔泳社)『ファーストフォロワーのつくり方』(翔泳社)。

株式会社トライバルメディアハウス

クリエイティブディレクター

高橋 遼氏

https://www.tribalmedia.co.jp