スズムシやマツムシなど「鳴く虫」の音色にほれ、趣味を仕事にした鳴く虫研究社 後藤啓さん

スズムシやマツムシをはじめ20種類を越える「鳴く虫」を売って生計を立てている人がいる。鳴く虫の音色にほれ続け、採集・飼育をし続けて50年余りになる後藤啓さん。その趣味が仕事になるなど当の本人が一番想像していなかった。今日も原っぱで虫網を振り続ける59才の男の物語。

自宅の部屋で3500頭を飼育

― たくさんの虫かごがありますがこの部屋にどれくらいの「鳴く虫」がいるのでしょうか?

このマツムシはあと2回脱皮したら成虫になりますよ。あとはスズムシ、クマスズムシ、コオロギ、キリギリス、ウマオイ…。それからこのカップに入っているのがキンヒバリです。キンヒバリは成虫でも体長7ミリにしかならんのやけど鳴く声は大きいんです。きれいな声でリ、リ、リ、リ、リーンと最後伸ばして鳴く。全部で3500頭くらいいます。

キリギリス以外は昼には鳴きません。こうやって人がいると警戒してよけいに鳴かなくなります。夜になって一斉に鳴き出したら、ある人が計測してくれたんやけど、地下鉄がホームに滑り込んでくる時くらいの音の大きさらしいですわ。

注文の約8割は個人で楽しまれている方からです。あとは、東京のアパレルチェーン店から「かごにキリギリスを入れて店で涼を演出したい」とか、あとは学校の教材向けにも出ています。以前は、すべて自然採集やったんですけど、追いつかなくなってきましてね。最近は累代飼育といって養殖にも力を入れています。

美しい音色で人気種のキンヒバリ、体調は約7ミリ。

大人になっても続いた虫捕り

― そもそも「鳴く虫」に興味を持ち始めたのは。

6歳の頃から近所の空き地でコオロギやらを捕っては飼ってました。あとは小4の頃から野鳥も捕獲して飼い始めましてね。当時はまだ法律で禁止されておらず、許可があれば捕獲できたんです。メジロ、ホオジロ、ウグイス。このあたりになると周りも引き始めて、だれも一緒に行ってくれなくなりました。鳥もきれいに鳴く鳥ばかり。今考えると結局、音が好きなんやね。ギターも趣味やったし。

中学校、高校になっても虫捕り好きはおさまりませんでした。ある時、弟が友達から「おまえの兄貴はまだ虫捕りしてるんか」と言われたと聞いた時はすごくかっこ悪いなと思ったんですけど、好きなことやししゃあない、と開き直りました。いつも一人で孤独でしたが、気付いたら周りの友達も鳥を飼い始めていました。本当に好きな気持ちは人を動かすのかもしれません。

この仕事は人に「感動」を与えられる

― 鳴く虫を売ろうと思ったきっかけは。

高校を卒業してしばらく家業を手伝った後、調味料メーカーに23年ほど勤務しました。それから独立して百貨店で食品の催事販売の仕事をしていたんです。その間も虫捕りは続けていたんですが、10年ほど前にネットオークションをのぞいていたらマツムシにまあいい値段がついていたんです。え、こんなものが売れるんか、と。これやったら僕でもできるわ、と思って催事販売の傍ら、副業でマツムシやらスズムシやらをインターネットオークション「ヤフオク」を使って売り始めたんです。いや、副業いうほどでもないね。ほんま小遣いの足しくらいのもんやったから。

百貨店って夏場はあまり売れへんのですわ。それで夏場に二週間催事を休んで、虫捕りに専念したらそっちの方が売り上げがよかったんです。それやったらと思ってその翌年は1ヵ月、次は2ヵ月というように「鳴く虫」販売にかける比重をだんだん増やしていきました。

ある時、キンヒバリを送ったお客さんからお礼のメールが来ました。「昨日無事に届きました。箱から取り出したところさっそくきれいな声で鳴いてあいさつしてくれました。感動しました」と。長年いろいろ商売してきましたけど「感動しました」なんて言葉、言われたことありませんでしたからね。ああ、この仕事はほんとうに喜んでもらえる価値のある仕事なんやと思って俄然やる気が出ました。

それで、2014年6月にHPを立ち上げて本格的に鳴く虫の販売を始めました。それと同時にこれまで捕ったり、飼ったりしてきた経験で得た知識をできるだけ多くの人に知ってもらいたいなと思って本にまとめることにし、2016年8月に「鳴く虫の捕り方・飼い方」という本を出版しました。そこから売上げがぐんと伸び始めました。

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2018年07月25日
鳴く虫研究社
後藤 啓氏
事業内容/鳴く虫販売専門店

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