≪講演録≫愛され、リピートされる秘訣~「CoCo壱番屋」創業者・宗次氏が大切にする顧客満足~

お父ちゃんの喜ぶ顔見たさで身につけたこと
私、育ちがいいように見えるかもしれませんが、孤児院育ちなのです。親はなく、兄弟もおりません。血縁者も一切いないのです。養父母が私を引き取ってくれましたが、尼崎で商売やっていた養父はギャンブルに熱中し破産。岡山県玉野市に夜逃げしました。そうした生活に疲れ果てた養母は名古屋へ行きました。4歳のときでした。そこからが私の記憶の始まりです。

父は造船所で日雇いの仕事に就き、日当4~500円もらってそのうち100円、200円を生活費に充てて、残りのお金は遊興に遣ってしまう生活でした。家賃を払わないので半年、1年で追い出されます。家財道具はリンゴ箱と薄い布団が1~2枚。リヤカー一台でした。当時の私は、2km離れたパチンコ屋に行き、大人がパチンコやっている足をかきわけて、一心不乱にモク拾い。毎日です。お父ちゃんが喜ぶ顔を見たさに両方のポケットいっぱいに拾ったモクを入れて、家のリンゴ箱の上に置いておくのです。夏休みに遊びで夢中になったりすると、父親のほうが早く日雇いから帰ってきます。その時にたばこの吸い殻がないと、ひどくしかられ、時には叩かれる。そういう幼少年期を過ごしました。
だからどうすれば喜んでもらえるかという考え方が実生活を通じて体験的に身に付いたのでしょうね。だから喫茶店を始めたときもだれから教えられたわけでもなく、「コーヒーをお持ちしたら、シュガーポットをお客様の取りやすいところに移動してシュガーポットのふたをとってあげてくださいね」とパートさんにもそういうことまで要求していました。幼少期の経験は、社会に出てずいぶん役立ったような気がします。

そんな父親でも私は大好きでした。唯一の同居家族でしたから。その父は私が15歳のときに亡くなって。その後、6畳一間で母親との生活が始まりました。母は賄い婦の仕事をしていましたから家賃、電気代を払えるようになりました。それまでは、おんぼろ長屋の土間を借りて雨露をしのいでいたのです。土の上にござを敷いてせんべい布団を敷いて、冬はもう抱き合うようにして寝ていました。親の愛情、食べるもの、もういろんなことにことごとく気を遣うようになりました。だから経営することもコンサルタントの先生にお願いすることなく、自己流を貫いてきました。お願いしてアドバイスを受けたらその通りにしないと申し訳ないと思ったりもしますから。

高校に入るときに、区役所に行って戸籍謄本の写しを見たとき、初めて親が違うこと、自分の誕生日も違うことを初めて知りました。15歳にして初めて自分の本当の誕生日を知りました。高校で豆腐屋さんの息子がいたのでそこで毎朝アルバイトをして、学費、小遣いにあて、昼夜ごはん兼用の一斤の食パンとマーガリンが買えるようになりました。クラスの友達があるときテープレコーダーを5000円、1000円月賦の5回払いで分けてくれました。うれしいですから、何か録音しようということになりました。本当は歌謡曲を入れたかったのですが、どういうわけかNHK交響楽団の演奏を入れたのです。翌日朝早く起きて再生ボタンをひねったときに流れてきたのが、メンコンでした。メンデルスゾーンのバイオリンコンチェルト「ホ短調」です。あの名旋律を聴くと今でも涙が滲みでます。メンデルスゾーンを聞いて、その曲が琴線にふれてクラシックが好きになりました。それで引退した直後から自宅でサロンコンサートを開いてクラシック広めたい、と考えたのです。優しい気持ちにしてくれるのです。優しい人がもっと増えてほしいからです。その延長が今のクラシックホールになりました。

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超がつくくらい、のめりこんでやり続ける
2007年、音楽家に出演機会を提供したいという思いと、クラシック愛好家を増やしたいという思いから、名古屋に音楽ホールをつくりました。素晴らしい音響効果のホールで高い評価を得ています。今年は400回の主催コンサートが組まれています。私は8割強のコンサートに立ち合います。ホール出入り口の外に出て歩道の上でお待ちして、必ず「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」「ようこそ」「おひさしぶりです」とお1人に二言ぐらいお声をかけています。なぜそこまでできるのですかと聞かれるのですが、私はそうしないといられないからやっているだけです。いやいややっているわけではなく、本当に感謝の気持ちでお迎えしたいからです。開演すると1番後ろに折りたたみ椅子に座って全曲聴いて今度はお見送りをします。

多くの経営者はちょっと成功しかかると制服をまず脱いで仕事だけが人生じゃないと言って仕事以外のことに目を向ける。それで本人は幸せかもしれないけれど、経営に携わる以上は一生懸命経営をして利益を出して、報酬もいただいて人のためにもお金を使ってあげるような人生であってほしい。自分さえ、自分の家族さえ物欲を満たして豊かに生活できたらそれでいいのですか、と私は疑問なんです。
私が普段着ているカッターシャツは980円です。既製品で980円。もらったシャツではなく、買ったシャツです(笑)。この500円の黄色いネクタイは19本大人買いしました。1年ちょっと前に、アメ横でこのおとなしい黄色のネクタイが目にとまったのです。クリーニングに出そうとしたら340円と聞き、もったいないと思って、汚れたネクタイが10本くらいたまったらネットに入れて洗濯機で洗い、アイロンをかけます。すべて自分でやっています。
早起きでも。街の掃除でも現場主義でも。率先してのお客様主義も、全部超がつくほどののめり込んでやり続ける。これが私のやり方です。

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(取材・文/山口裕史)

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2014年10月23日
株式会社壱番屋
創業者特別顧問  
宗次 徳二氏

今月の町工場で働くオトコマエ

ゲンバ男子

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