「家族型経営」の底力と専業メーカーの強みで新たな歴史を刻む挑戦を
「人としての在り方」が会社の精神をつくる
家庭用石鹸や業務用洗剤を手掛ける木村石鹸。創業は大正13年、今ではすっかり珍しくなった「釜焚き製法」を守る老舗メーカーだ。「仕事は何をするかより、誰とするか」と木村常務が語るように、基盤となっているのが家族型経営や道徳を重んじる経営だ。毎年4月は「親孝行月間」と題して全社員に金一封を支給。親孝行する人が増えれば世の中全体に安心感が生まれ、老人はお金を貯め込まずに世の中にお金が循環する。
これは先代から受け継がれている精神だ。また、毎週のように開催される勉強会は基本的に全員参加。ビジネスの戦術論ではなく、理念や道徳を学ぶ。「のんびりし過ぎているといわれるかもしれないが、結果としてお互いを思いやる風土が生まれて業績につながっている」。
危機を乗り越えるたびに根付いていく社風
同社の約90年にわたる歴史の中で赤字を計上したのは1回。約30年前、現社長幸夫氏の父(当時、会長)が突然の病に倒れた。幸夫氏は、父の看病と経営の二足のわらじで手が回らなくなり、ついには赤字に転落。そこで出した結論は「経営は社員に任せ、父の看病に専念する」。社員たちに包み隠さず話すと、全員が一丸となって新製品開発や販路拡大に奔走。ほどなく業績は復活した。
経営の危機は近年にもあった。外部の経営専門家が経営に関与し、外資系の経営戦略が導入された時期だ。すべてを数値化する能力主義や効率を最優先するものづくりは、同社が長年培ってきた社風にまったく合わず、多くの社員が退職し、取引先とのトラブルも多発。業績の悪化に直結した。
「家族を愛し 仲間を愛し 豊かな心を創ろう」という社訓は危機を乗り越えるたびに、再認識され、より根付いていったのだ。
職人集団「石鹸屋」だからできるものづくり
4代目就任予定の木村常務は、学生時代に立ち上げたIT企業を18年経営したのち、3年前に家業に戻った異色の経歴。「正直な商売を続けてきた老舗の石鹸屋であること」「石鹸づくりを究めた職人集団がつくっていること」を自社HP、ネットショップ、SNSで発信している。
そして今年4月には石鹸専業メーカーだからこそできる自社ブランド「そまり」を発売。天然由来成分だけでつくった洗浄剤、石鹸、クリーナーなどを展開する高付加価値商品だ。各部門から6人が結集し、試行錯誤を重ねてきた。「単価も高いし売れるか売れないかは正直わからない。
でも『これは会社の新しい歴史をつくっていくための挑戦なんだ』と全員が意識することができたのは大きな意味があった」。「ものづくりはひとづくり」を貫く老舗ものづくり企業の新たな挑戦の幕開けだ。
(取材・文/北浦あかね)