産創館トピックス/講演録

《講演録》次はヤンマーが挑む!長屋明浩が語る「社員の創造性を引き出す」独自戦略

2023.12.15

2023年9月5日(火)開催
【事業推進セミナー】
《講演録》次はヤンマーが挑む!「社員の創造性を引き出す」独自戦略
長屋 明浩氏(ヤンマーホールディングス株式会社 取締役・チーフブランディングオフィサー・ブランド部長)

ブランディングといえば、会社の経営方針や顧客への見せ方を統一し、製品やサービスをはじめさまざまな場所で提示することというイメージを持つ人が多いのではないか。ヤンマーホールディングス株式会社 チーフブランディングオフィサー 長屋 明浩氏にとって、ブランディングとは、組織の「内発力」の向上にフォーカスすることだという。今回の事業推進セミナーでは、事業や新製品の開発力を高める方法と実践例について話してもらった。

 
レクサスのブランドづくり

トヨタで30年間、ヤマハで8年間それぞれ勤めた後、昨年からヤンマーに在籍しております。トヨタでのキャリアでは、主に車のデザインを担当し、2005年からはレクサスのグローバルブランドづくりを担当してきました。その後、ヤマハではブランドとデザインの領域を、クリエイティブの面から見てきました。

レクサスの仕事では、私は技術側の人間としてブランドづくりに取り組んでいました。普通はブランディングといえばマーケティング側が進めるものですが、デザインをする技術側が管理しているところがレクサスのブランドづくりの特徴といえるでしょう。

自動車は製品であり、製品は部品からできています。サービスも同様に「部分」からできています。一つひとつの部品がダメだとでき上がった製品もダメになります。レクサスの場合、すべての部品をレクサス専用に一から作りました。新規事業を展開していくうえで、ブランドがストーリーに基づいているということは大切なポイントです。

 
自分の芯をデザインに落とし込む

その後移ったヤマハでは、ブランド委員会を設立し、経営会議に上申する諮問機関の役割を担当しました。当時は「経営デザイン」と呼んでいましたが、実際のデザインもしながらブランドと経営をつないでいく組織づくりに取り組んできました。

その中で、私が提唱したのは「プロダクトイン」という言葉です。お客さまに迎合するのではなく、同時に独りよがりにもならず、自分たちの「芯」を持ちながらお客さまがついていきたくなるモノを作っていくということです。この発想をデザインに落とし込んでいくことが、ブランディングには重要な要素になってきます。

そのためのモデルを生み出しては「世に問う」ということを繰り返すのですが、世にさらけ出してさまざまな評価を受ける中で、優れたモノは自然と「足」が生えて、製品になっていくということを実感しました。

 
ヤンマーの長所は「人間力」

ヤンマーは1912年に創業し、現在の従業員は約2万人、112社のグループが世界に広がっています。主にアグリカルチャー、パワーテクノロジー、産業用エンジン、エネルギーシステム、マリン、コンポーネント、最近では食事業なども加わり、「食生産とエネルギー変換」という構成になっています。

ブランドステートメントである「A SUSTAINABLE FUTURE」はもちろん、ヤンマーの企業ビジョンの根底には、テクノロジーと人と未来を育むという価値観を示した「HANASAKA(ハナサカ)」という言葉があります。ヤンマーはテクノロジーの会社と見られがちですが、私がヤンマーのブランディングの中で注目したポイントは「人」でした。

創業100年の節目に取り組んだプレミアムブランドプロジェクトでは、デザイナーの佐藤 可士和さんにロゴを、カーデザイナーの奥山 清行さんにトラクターや船のデザインをしていただくなど、社外のスーパースターの力を借りてヤンマーを広く印象づけました。そのプロジェクトの背景には、若い人たちに第一次産業に戻ってきてもらいたいという願い、産業構造を改善するという狙いもありました。

一方で、ヤンマーの認知度は年々下降線をたどっており、なかなか人が集まらない現状があります。会社の状況を把握するため、日本はもとより世界中にある主要拠点を訪問し、事情を聞き、市場を見て回りました。

その中で、ヤンマーのポジティブな点として「人の良さ」「逃げないサービス」「壊れない」「高品質」「商品力の強化」などがあることに気づきました。逆にネガティブな点として「新しいモノが出てこない」「デザインが進化しない」「現場とのギャップがある」などの点が目に付きました。私はここから、ヤンマーの強みが「人間力」であること、そして「BC持久力」「美しき世界の追求」であり、逆に「発展力」「自己高揚評価力」「長期展望」に弱みがあると分析しました。

 
自社の社員もステークホルダー

そのうえで、私はヤンマーを「ブランドランキング100位以内に入れる」ということ目標に据え、それに向けてヤンマーのデザイン戦略をつくり、社員を輝かせることや「HANASAKA」をブランド基盤として人材の価値を強化することをめざしました。

「ヤンマーをブランディングするとは、どのようなことですか?」と問われたとき、私は「インクルーシブ・ブランディング」だと答えます。社外に対してだけではなく、社内の人間、さらには一般生活者もステークホルダーとして捉え、すべての人をインクルーシブ(巻き込む)しながらブランド価値を向上することが大事だと感じるのです。

近年、こうした考えは世の中に広がっています。たとえばクラウドファンディングのように、賛同者や共感する人がいれば、資金が足りなくてもモノづくりができる時代です。そう考えたとき、自社の従業員もお客さんでありステークホルダーの一人なのです。そう捉えることで、社内にも共感や信頼の醸成ができていきます。社会に多様性が広がり、皆が同権・平等に自由をめざす現代的な社会背景もこの点には影響しており、それと同時にブランドの考え方や仕事の仕方も変わっていくだろうと感じます。

 
重要なのはKPIをしつこく追うこと

会社の改革や新規事業などにおいて大事なアクションは「測定する」ことです。「体重を測らないダイエットは失敗する」といいますし、「体重は測るだけで減る」という話もあります。ブランドという得体の知れない、数値化しにくいものだからこそ、KPIをしつこく追うことが大切だと考えています。測定そのものに投資をしないと、アクション後に良くなったのか悪くなったのかが分からなくなるからです。

次に大事なのが「社内の自発力をどう高めるか」。これは「褒める」ことにつきます。社内のさまざまな人材を巻き込んでそれぞれの「自発力」を高めることで、結果的にエンゲージメントが上がります。外に向かって攻める前に、まず自社の自発力を高め、企業価値を高めることが重要でしょう。この点は先程のインクルーシブ・ブランディングでお話したとおりです。

攻めるという点では、社内で合意を取るということに終始していると、スタートアップやベンチャーなどに完全に遅れを取ります。社内で合意を取る前に、まずアクションを起こすということが、「攻める」ためにはとても大事です。

 
ブランド基盤の定義は社員が考える

ヤンマーの価値観「HANASAKA」という言葉には、「人を、未来を、咲かせよう。」という意味が込められています。今年1月、東京・八重洲にヤンマービルをリニューアルオープンさせ、あらためてヤンマーの人を育てる基盤を定義し、社内外へ発信していく活動を始めました。

外への発信と同時に、社内においてもHANASAKAを浸透させるワークショップを行いました。普通であれば、本社で定義を定め、それを社員に伝えて理解を促すものですが、私どもは社員にHANASAKAの定義から考えてもらいました。このワークショップの中で芯を突いたキーワードが数多く出てきて、私は非常に有意義な時間になったと感じました。

ワークショップは国内だけでなく、ヨーロッパ、アメリカ、アジアなどの海外でも開催しました。そこでは、HANASAKAという言葉について、それを自分事としてどう取り組むのかを宣言し、アクションをしてもらうまでの計画を立ててもらいました。海外でも盛り上がりを見せ、想像以上にうまくいったように思います。

ワークショップにはもう一つ目的があり、参加した社員がアンバサダーとして、これからヤンマーブランドをリードしてサポートしてもらうことにあります。それを社員に理解させ、浸透させていく。インクルーシブ・ブランディングの手法を実践するもので、ここでもインクルーシブがキーワードになるという実践例になりました。

 
「意味の時代」におけるブランド

一方で、「人と自然の調和」をテーマとするアニメの制作を始めました。当社のデザイナーが原案を担当しています。今年7月には、アメリカ・ロサンゼルスで開催されたアニメエキスポに出展しました。日本のアニメとポップカルチャーに特化したこのイベントには、世界60カ国から約35万人が来場しました。われわれは製作中のアニメに登場するロボットのスタチュー(立像)などを展示したり、制作エピソードを紹介したりしました。

旧来のヤンマーはテクノロジーカンパニーとして、機械を通じてソリューションを販売してきました。しかし現代は「意味の時代」ともいわれています。たとえば、若い人たちは自分にとって価値があるものでも、地球環境にとって悪いものであれば買いません。購入する消費者だけでなく、消費者の周囲や世界における「意味」の重要性が高まっているのであり、逆に意味があれば、高くても購入される時代だともいえるでしょう。

だから我々はソリューションだけを提供して課題を解決しようとすることをやめました。社員を元気づけ、褒め、持ち上げて、頑張れる土台をつくってから、外に向かって一緒に「意味」を組み立てていくことで、インクルーシブな会社をめざしていくという図式です。こうした動きを「ブランディング」として詳細に計測するという考え方が、これからはどの企業にとっても大事になるだろうと私は考えます。

とはいえ、我々もまだ実験の段階にあります。ヤンマーの挑戦のステージを多くの方と共有しつつ、共に奮い立っていければと考えています。

(文/安藤智郎)

 

長屋 明浩氏
(ヤンマーホールディングス株式会社 取締役・チーフブランディングオフィサー・ブランド部長(CBO))
愛知県出身。1983年に愛知県立芸術大学を卒業、同年トヨタ自動車に入社し、初代レクサスLSなどのデザインに関わる。その後、レクサス企画部レクサスブランド企画室長、トヨタデザイン部長、テクノアートリサーチ社長、ヤマハ発動機執行役員などを歴任。2022年よりヤンマーホールディングス取締役を務める。

ヤンマーホールディングス株式会社

取締役・チーフブランディングオフィサー・ブランド部長(CBO)

長屋 明浩氏

https://www.yanmar.com/jp/