産創館トピックス/講演録

《講演録》専業主婦・二児の母が「みんなが笑顔になる」持続可能な起業を実現していくまで

2023.01.04

2022年10月4日(火)開催
【起業スタートアップEXPO 2022】起業家基調講演
専業主婦・二児の母が「みんなが笑顔になる」持続可能な起業を実現していくまで
文 美月氏(株式会社ロスゼロ 代表取締役)

食品ロス削減をめざすプラットフォーム「ロスゼロ」を運営する、株式会社ロスゼロ代表の文 美月(ぶんみつき)氏。同社の起業は、自身2度目の起業でもあった。同社のコンセプトでもある「もったいないものを生かし、社会に笑顔を増やしたい」という思いが、どのようにかたちづくられてきたのか。そして、持続可能なビジネスとしてどのように社会課題に取り組めばいいのかについて、語っていただいた。

 
知識も経験もなく起業

大手金融機関に総合職として勤めた後に留学し、結婚・出産を経て2001年に自宅の一室で起業し、子育てをしながらヘアアクセサリー専門店のECサイトを立ち上げました。当初はもちろん人を雇う余裕はありませんでしたのですべてを自分でこなしました。

幸い2〜3年後には月商3,000万円、毎日800件近い発送作業をこなす規模になり、自宅近くに事務所を借りました。経営について何も知らず、熱意と勢いしかなかったのですが、起業当時からとにかく気をつけていたのは「売上げが立たない限り、固定費をかけない」ということ。そして、「やらないことを決める」ということ。時間は有限です。私の場合は仕事と子育て以外にかける時間をできるだけ削りました。そしてとにかくいろいろなことを経験して、少しずつ勉強したこと、気づいた反省点を、ちょっとだけ大きくしながら改善し実践する……ということを繰り返していきました。

 
ドメインを固める重要性

ヘアアクセサリーはマーケットが大きくないので、大手がいない、ライバルが少ないというメリットがありました。特にオンラインでは当時ライバルはゼロ。ヘアアクセサリーは雑貨屋さんやアパレルショップの中に置いてある商品の一部、という種類の製品だったため、品ぞろえを徹底的に増やして「ヘアアクセといえば〇〇」というふうに第一想起してもらえるように心がけました。その際、意識したのはヘアアレンジのコンテンツ充実。「髪が決まると今日一日が少しハッピーになる」というユーザーのメリットを打ち出しました。

子ども服のネット販売などについて相談されることも多いのですが、膨大な数のライバルがいる業界の中で、あるいはモノにあふれた日本において、さらには「買わない」という選択肢もある中で、なぜ自分のつくった製品を買ってもらえるのか、何に特化しているのかという「ドメイン選択」を、事業の初期段階から固めていたことは良いことだったと今振り返って感じます。

 
安売りに未来はない

ECの市場規模は年々大きくなり続けていますが、その中で私が事業で避けてきたことは「極端な安売り」です。低価格を強みとしている企業であれば低価格は魅力的ですが、無理して安売りし続ける企業は体力を奪われるだけであり、そこに未来はないと思います。値下げはいつでも誰でもできますので、長期的な売上げを考えるにはどうやって自分の店を好きになってもらうか、サービスやプロダクトのグレードを上げられるか、といった付加価値を中長期で考えていくことが重要です。

また、2005年には海外工場での生産も始めているのですが、他社に追いかけられ始める中で、私はオリジナル商品にこだわり、一部特許も取って粗利を確保してきました。売上げの70%ほどをオリジナル商品が占めるようにしていたので価格競争には巻き込まれませんでした。

 
原点回帰して気づいたこと

そのようにして走り続けていたのですが、2008年にはトラブルが続いたことなどもあって心が少ししんどくなってしまい、自分自身の経営の在り方を振り返らざるを得ない時期がありました。2009年から2010年にかけて、経営の基本に立ち戻る中、ふと社会を見回すと、「社会が変わり始めている」と気づきました。企業の社会貢献やサステナビリティ(持続可能性)への関心が高まりつつあったときで、大きな潮流の変化を感じていました。その中でヘアアクセサリーショップとして、社会にどんな貢献ができるのかを考えるようになりました。

そして2010年秋、使われなくなったアクセサリーの回収を始めました。まだまだ使えるけれど流行やトレンドの変化などから使わなくなったアクセサリーは、誰でも一つは持っているのではないでしょうか。それらを、縁があってつながった東南アジアの国々へ持っていくと、地元の女の子にとても喜ばれたんです。1回きりの活動ではただの自己満足だと思い、持続可能な形で継続的に支援できるよう、単に配布するのではなく現地で安価に販売し、その利益が現地の就業支援や教育支援に使われるような仕組みづくりを行いました。

その一方で、日本では協力してくださる方にクーポンを配布し、それが新たな顧客づくりにもなっていることから、このプロジェクトは企業としての持ち出しはゼロで進めることができています。

 
誰かに不要なものも、まだ価値がある

2015年には仕組みができあがり、現在は10カ国へ4万点を寄贈しているのですが、私としては「誰かには不要なものも、まだ価値がある。誰かが必要としてくれているかもしれない」というこの事業の考え方を、もう少し広げていけないかと感じていました。

ただその一方で、母親が起業しヘアアクセサリー事業を軌道に乗せたおかげで、大学や政府官公庁などからさまざまな肩書や役職も頂戴し講演の機会などもすごく増えていました。ありがたいことなのですが、少し窮屈でもありました。新しいチャレンジがしにくいとも感じていたんですね。何より「失敗」がしにくくなったように感じていました。それで迷っていたのですが、ある人の「失敗したところも見てもらったらいいじゃないか」という声で気持ちが楽になり、2017年にミドル・シニアからの起業に挑戦しました。

さまざまな経験を積んでからの起業は、何も知らずに起業するのとは異なり、ノウハウやネットワークというアドバンテージがあります。また、「社会に対してどれだけ貢献できているか」「会社の中に多様性があるか」「この事業で誰かが悲しい思いをしてはいないか」といった、新しい軸を持って起業することができます。ただ、起業とは「なりわいを起こす」こと。つまり利益を出すこと、ビジネスとして持続可能であることが最も大切です。「社会起業家」も起業家ですから、ビジネスとして継続させる仕組みを作るべきです。

 
ロスゼロの取り組み

2度目の起業では、発展途上国での取り組みを通じて得たノウハウを生かすとともに、「もったいない」を別の問題に生かすということを「食品」にあてはめてみました。日本の食品ロスは、毎日全国民がお茶碗1杯分の食品を捨てているのと同じ量(約522万トン/出典:農林水産省報道発表資料 令和2年度推計値)となるほど深刻です。

これをヘアアクセサリーと同じようにECの力で解決できないか。そう考えて2018年に始めたのが「LOSSZERO(ロスゼロ)」です。テストマーケティングとして、規格外のブランドチョコレートをクラウドファンディングの返礼品にして、集めたお金をカンボジアへ持っていくというようなプロジェクトを行いました。これがうまくいき、ロスゼロをECの形で本格的にスタート。外装に傷がついただけで食べるうえでは全く問題のないもの、まだ賞味期限は十分あるのに行き先がなく廃棄されているものなどをロスゼロに提供していただき、消費者や企業にオンラインや百貨店イベントで販売しています。

 
真の社会課題解決に向けて

重要なことは、協力企業のブランドを毀損しないことです。食品メーカーの中には、ロスが出ていることを公にすることに消極的な企業も少なくありません。ただ、食品メーカーにとってはどれだけ厳密に需要予測をしても多少の誤差は出てしまいます。だからこそ、余剰在庫や過剰生産された食品をたたき売りしたり無料配布したりするのではなく、適正な価格で販売することで、ビジネスとしても持続可能なものになるはずだと考えています。

そのために、マーケティングも重要視し、品揃えとしてもプレミアム感のある商品をそろえ、その感覚はブログでのコンテンツづくりなどにも反映させています。また、2021年からは使われないままの食材に新しい命を吹き込み、アップサイクルした食品を消費者にダイレクトに送るDtoC、またサブスクリプション方式で、協力企業から提供のあったものが「福袋」形式でお届けする「ロスゼロ不定期便」も始めました。

こうした取り組みそのものに共感し、そこにお金を払いたいと感じてくださるお客様が増えていて、サブスク登録者の数とともに売上高も大幅に伸びています。食品ロスを起点として、大企業や自治体、大学との連携も深めています。アパレル、食品に限らず「もったいないを社会に生かせられるビジネス」にこれからも取り組んでいきたいと思っています。

(文/安藤智郎)

 
文 美月氏(株式会社ロスゼロ 代表取締役)
同志社大学経済学部卒。日本生命の女性総合職として融資に携わったのち、留学、結婚、2度の出産。2001年に自宅でEC起業。ヘアアクセサリー専門サイトを立ち上げ、EC、DtoCで450万点超を販売。楽天市場ショップオブザイヤーのほか、ECアワードを多数受賞する。2010年からCSR活動としてヘアアクセサリーのリユースにも注力し、途上国10か国へ4万点を寄贈・販売し、売上金で若者の職業支援を行う。「もったいないものを持続可能な形で次に生かす」経験を活かして食品廃棄に着目、2018年ロスゼロ開始。EC、未利用材料のアップサイクルDtoC、食品ロス削減サブスクを行う。大企業や自治体とも積極的に連携。2020年「食品産業もったいない大賞」特別賞受賞。

株式会社ロスゼロ

代表取締役

文 美月氏

https://losszero.co.jp