【其の壱】その思いがけない脅威が浮かび上がる、BCPは気づき・策定・運用の繰り返し
自然災害や感染症、セキュリティ事故などへのリスクマネジメントの一策として策定する企業が増えているBCP(事業継続計画)。重要なのはわかるけれど、実際どうやって作ったり使ったりするの?とわからないことだらけな方も多いハズ。このコラムではそんなBCPの策定・運用に取り組む大阪の中小企業のエピソードをご紹介します。
思いがけない脅威が浮かび上がる
BCPは気づき・策定・運用の繰り返し
株式会社マスコールは高圧ガスの製造販売を営む企業。2013年にBCPの策定に着手した。「きっかけは2011年の東日本大震災。私たちは高圧ガスという危険物を扱っています。想定外のことを目の当たりにして強い危機感を覚えました」と境社長。
BCPではまず、枚方工場を対象に、どのような地形の場所に位置するのかを把握。ハザードマップを見て「工場は標高が高いところにあるので津波や水害の心配は低い。脅威のひとつはボンベの〝流出″」と気づいた。
製品のガスボンベは丸い筒状の容器である。地震の揺れで工場外に流出すれば際限なく転がっていく。つまりボンベ自体が凶器になって人を傷つける危険を孕んでいる。業界には高圧ガス保安法に基づいた災害防止策があるため、普段やっている転倒対策を強化したうえで工場の門扉を常に閉めておくなど流出への対策を取った。
「意外だったのはリスクアセスメントで思いがけない脅威が浮かび上がったこと」と境社長。それは〝近隣″だった。高圧ガスの一番のリスクは火気だと社内の誰もが信じて疑わなかったところ。しかし、近年、宅地化が進み、工場は新しい住宅に囲まれ始めていた。「どんな事業活動であろうと、周囲に馴染みなく関心が至らないところでは、近隣にとって不安や不快のもとになりかねない」。それはBCPに取り組まなければ浮かび上がらない視点だった。
そんな脅威に気づき、同社は「地域の一員としてどのように生きていくのか」を考え始める。自社サイトに問い合わせページをつくり、積極的に意見やクレームを受け付けた。また、地域の祭りや行事を調べて協賛等で参画。名刺を配って自治会長や近隣の住宅に挨拶に回った。近隣とのコミュニケーションは事業継続のための優先度の高い項目となっている。
「BCPは策定も大事だが、効果を発揮するのは運用があってこそ」と語るのはチームのリーダー役である田中氏。策定以降、計画と現場の問題点を常につき合わせて課題に取り組んでいる。「リスクが浮かび上がったら是正するまでやり切ること。資金面で今すぐ改善できない時は保留案件とし、決着がつくまでやりきります」。
2020年はコロナによる感染症対策を追加した。「私たちは安定供給を約束して取引しています。感染症で会社が営業停止になった場合、どうなるかと悩みました」と境社長。「うちが製品を生産できなくなった場合でも、他社から買って届ける」など供給体系を見直した。これまで顧客の言う通りの日時に製品を届けていたが、それよりも確実に届けることを優先した仕組みづくりを行なった。「リスクを想定したうえでホスピタリティをあげていく」。そのためには従来の方針を変えると顧客に説いていくことも求められる。
当初、現場の責任者4人で始まったBCP策定は今では全社の取り組みに広がっている。社内に起こりがちな温度差に対して田中氏は、社員にこう伝えると言う。「私たちは災害が起こった時に会社を守るための策を打っています。会社を守るということは仕事を失わないということ。つまり、何かあっても社員は給料をもらえるということです」。事業継続することは社員の生活を維持することでもある。
(取材・文/荒木さと子)
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