おいしそう! をカタチにする食品サンプルを世界へ
「大阪の食べ物は、なんて安くておいしいんだろう!」。デザイナーとして働いていた広島のアミューズメント会社を退職し、大阪へ移住した倉橋氏を感動させたのは、大阪の飲食店の多さと食べ物の安さ、おいしさ。
この衝撃と本来の独立志向とがマッチして、飲食店に携わるデザイン事務所「デザインポケット」が2007年に誕生した。
飲食店のホームページやチラシ、メニューの制作から、店舗の外観・内装デザインまで請け負っていたある日、食品サンプルを置きたいという依頼を受けた。
それが、食材や料理を本物そっくりに再現する食品サンプルとの出合い。現在はロウではなく耐久性のあるポリ塩化ビニルが使用されており、工芸品のようなクオリティの高さに驚いた。
食品サンプルとは、実は約100年前に大阪で発祥した文化だという。
「調べてみると、戦争のために全国各地へ散らばった食品サンプル会社のルーツはみな大阪。食材やジャンルごとに工場が棲み分けられ、それぞれの得意分野で職人が技術を磨く独特の業界」と、その魅力にはまった倉橋氏は語る。
しかし、飲食店の販促物にチラシやPOPといった印刷物を使う動きが加速するなか、高価でスペースをとる食品サンプルは居場所を失いはじめていた。
そこで、倉橋氏が思いついたのは食品サンプルのキーホルダーやストラップの販売。食品サンプルを雑貨にするなんて邪道だという批判の声もあったが、自らつけて歩いてみたら、「なにこれ、欲しい!」と大きな反響があった。
まずは、道具屋筋商店街のビル1階にある看板屋さんで、日曜だけの催事販売をスタート。当時、ガラケーにストラップをたくさんつけることが流行っていたことから、売上げは絶好調。
同ビルオーナーから「2階が空くからそこでお店をやってみたら」と言ってもらい、食品サンプル制作体験のできるショップ兼デザイン事務所をオープンした。
2013年には道具屋筋商店街の北入口、なんばグランド花月そばの1階に店舗を移転。
すると、集客が3倍になって商品不足に陥るまでに。倉橋氏は、食品サンプル商材を求めて全国各地の食品サンプル会社をまわったが、それと同時に業界の現状を知る。
「大手の仕事だけをしているから卸せない」「もう歳だが後継者はいない」「疲れたからそろそろやめたい」という話ばかりが耳に入り、10年後には職人の多くが引退することに危機感をもった倉橋氏は、後継者を育成するスクールの立ち上げを決意した。
「15年分の技術を1年に凝縮したカリキュラムで、卒業後すぐに独立できる力をつけることをめざしています。実際、独立したり就職する卒業生は多いんですよ」。
食品サンプル制作技術者スクールの運営と並行して力を入れてきたのがイベント事業。
たこ焼きのサンプル制作体験などを企画して、界隈の観光コースに参加していたが、新型コロナウイルスの影響ですべての予約がキャンセル。
6千人分の予約がゼロになったときは途方に暮れたが、在庫を使って何かできないかと「全国グルメ食品サンプル工作キット」を開発した。
これは、大阪のたこ焼きや東京の江戸前寿司など、47都道府県のおいしいものをカタチにする工作キットで、子どもでも気軽に安心して使える材料を揃えており、現在は売場拡大と量産に向けて模索中だ。
「食品サンプルをグローバルスタンダードへ!」という目標を掲げて計画していた、海外展示会への出展やタイ現地工場建設の再開も待ち遠しい。
「多くの人が愛着を抱く食品サンプルにはまだまだ可能性があります。日本のものづくりの魅力を伝える食品サンプルを世界中に普及させたい」と、倉橋氏は意気込む。
(取材・文/花谷知子 写真/Makibi)