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【長編】技術者による技術者のための就労環境づくりに執念

2013.06.10

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最良の環境と優秀な人材がいれば最高のプロダクトができあがる

大学卒業後に勤めたシステム会社でITエンジニアの劣悪な就労環境を目の当たりにしてきた。サービス残業は当たり前、開発者が労働力を搾取される環境に疑問を感じ、環境改善のために声を上げては会社と衝突し、転職を繰り返した。

「世の中の会社に理想の就労環境はない。ならば自分で会社をつくるしかない」

精神的にも疲れ果てた大石氏は、最終的には半ば追い込まれるようにして2006年7月にフィードテイラーを設立。ウェブシステムの開発会社としてスタートを切って以降、時代の変化に合わせて事業モデルを転換し、現在はiOS(iPhone/iPad)アプリの開発専業会社として業容を拡大している。

これまで開発してきたアプリの数は100以上。アプリ開発を専業にしたのが2008年なので、実質5年ほどで100以上のアプリを開発したことになる。短期間でこれほどの数をリリースするためには、相応の開発スタッフを自社で抱えるか、外部発注するかのいずれかの対策が必要だろう。ところが同社の開発者の数は5名のみ。しかも自社開発に徹し、システムの外部発注は一切しない。

なぜ少人数で100以上のアプリを開発できたのか。その秘訣こそ、起業の目的でもあった開発者のための就労環境づくりにあった。

サラリーマン時代、労働力を搾取するような劣悪な環境はエンジニアの生産性を低下させると身を持って知った。だからこそ、「最良の環境と優秀な人材がいれば最高のプロダクトができあがる」ことを証明してみせたかった。人材採用を開始した2009年以降、技術者による技術者のための就労環境づくりに取り組んだ結果、生産性が格段に向上し、少数精鋭で数多くのアプリを開発できる体制になったのだ。

開発者が〝ゾーン〟に入れる就労環境づくり

では具体的にどのような就労環境なのだろうか。「それをひと言でいえば、サラリーマン時代に勤めた会社の真逆を行くことです」と同氏。その一つが残業の禁止だ。就労時間は9時~18時。スタッフは8時55分ごろに出社し、18時過ぎには退社する。2012年の平均残業時間は1.5分/1日という徹底ぶりだ。

「長時間残業は生産性を著しく低下させる。だから残業を一切禁止し、9時から18時の時間をいかに有効活用するか、その環境づくりを重視しているんです」。同氏はそう淡々と語るが、個々の取り組みを聞けば聞くほど〝尖がった〟内容ばかりだ。

まずエンジニアはプロフェッショナルの仕事に徹し、電話やメール、接客などの対応は一切しない。クライアントの打ち合わせにも同席させない。外部窓口は社長である大石氏がすべて引き受け、作業指示も同氏がまとめて各エンジニアに振り分ける。「その代わり、エンジニアには就労時間内に一行でも多くコードを書いてもらうようにしています」。

エンジニアがプログラミングにのめり込める環境をつくるため、誰からも声をかけられない状況をつくり出す。就労時間内に会話はほぼなく、ひたすらキーボードを叩く音だけが静かな社内にこだまする。小腹がすいた際に外に買い出しに出なくてもいいよう、お菓子と飲み物を無料で会社が支給する。「優秀なエンジニアが5分集中するとすごいものができあがる。だからこそ集中力を阻害する要因を徹底的に排除しているんです」。まさにエンジニアが〝ゾーン〟に入れる環境整備に徹しているのだ。

経営者として一番大切なもの それはスタッフの人生

就労時間以外の副業を認めている点も特徴の一つだ。狙いは、「勤務時間外にエンジニアが副業を行うことで、本人に技術やノウハウが蓄積され、やがて会社に還元されるから」。スタッフが副業で使うパソコンなどを購入する際、使途を確認後、その代金を援助することもあるという。そもそも同社で働く開発者は、それぞれが独立できるスペシャリストばかりだという。

副業を認める理由はもう一つある。スタッフ自身にとってのリスクヘッジだ。同氏が起業前にジョブホッピングを続けながら痛感したことがある。それは「1つの会社で働き続けるのはリスクだということ」。右肩上がりの経済成長を続けていた時代は終身雇用で守られ、労働者は会社に一生を捧げることができた。しかし低成長時代のいま、いつ何が起こるかわからない。「だからこそ副業を認め、当社以外に収入を得る手段をもたせているんです」。

「経営者として一番大切にしているのはスタッフの人生」だと言う。サラリーマン時代に苦渋を味わったからこそ、エンジニアにとっての最良の環境で思う存分に力を発揮してもらいたい。スタッフの幸せな人生をサポートするため、いま以上に本業で利益を上げ、収入を高めるのも目標の一つだ。

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就労環境づくりに執念 時代が生んだ経営者の姿

今後も会社の規模を拡大するつもりはない。エンジニアは最大10名までと決めている。経営権を持つ自社株式を第三者に譲る考えはなく(全株式を同氏が保有)、今後も独自の就労環境づくりに力を入れていく。「規模の拡大よりも深化させていきたい」と、より高い能力を発揮できる組織づくりをめざす。

また少数精鋭の組織を貫く一方で、育った事業を分社化する構想も描いている。その第一弾のトライアルを近々行う予定だ。具体的には、iPad/iPhone用の企業向け文書共有クラウド「SYNCNEL」の事業を分社化し、経営も分離して独自で事業展開を行っていく。同氏が描く企業のあるべき姿としてフィードテイラー本体を残しつつ、育った事業を分社化し、グループとして規模の拡大をめざす考えだ。

同社の就労環境は一般的な会社とは趣を異にするため、受け入れられない人もいるだろう。しかし優秀なエンジニアが周囲の雑音をシャットアウトし、持てる能力をフルに活用する環境としては、一つの理想形といえるかもしれない。高度成長やバブルを経験していない同氏が社会に出て、自らの生きる道を追い求めた結果、誕生したフィードテイラー。大石氏という起業家は、まさに時代が生んだといえるだろう。

株式会社フィードテイラー

代表取締役社長

大石 裕一氏

http://feedtailor.jp/

設立/2006年 従業員数/7名事業内容/iOS(iPhone/iPad)アプリの開発を専業に行う。150万ダウンロードを達成した「そら案内」など100以上のアプリ開発実績を持つ。