《講演録》お客様も社員もワクワクさせる経営術~UDS流・付加価値を生む“組織の企画力”の育て方(前編)

《講演録》2018年5月10日(木)開催
【トークライブ!】お客様も社員もワクワクさせる経営術
~UDS流・付加価値を生む“組織の企画力”の育て方

話し手:中川 敬文氏(UDS株式会社 代表取締役社長)
聞き手:山崎 大祐氏(株式会社マザーハウス 取締役副社長)

キッザニア東京、レゴジャパンなど有名企業やコンテンツとのパートナーシップから、特徴あるホテルやシェアオフィスの立ち上げ、運営まで…。際立つ企画とプロデュース力で社会に新しいワクワクを提供し続けるUDS株式会社の中川敬文社長を迎え、第一部では中川氏の人生に、二部では経営に迫るトークライブが行われた。

◆第一部 経営者の人生曲線
~UDS株式会社中川敬文社長の人生を追うことで、その経営物語に迫る~

――大学は関西ですね。

東京出身ですが、大学は関西の大学に行きたくて、関西学院大学に入学しました。いわば、国内留学といった感じでしょうか。ちょうど漫才ブームの時期と重なり、関西人のコミュニケーションにも興味がありましたし、良い経験になりました。とはいえ、大学時代は沖縄でダイビングに明け暮れていたというのが実情ですが。

――就職はどのように決められたんですか。

ダイビング雑誌をつくる会社に内定をもらっていたのですが、それで一生終えるのもどうかなと思い「ポーラ化粧品」に就職することにしました。化粧品メーカーということもあって最終的な意思決定が女性にある会社って面白いんじゃないか、というのと新卒の採用担当が新入社員だったので若いうちから活躍できる会社なんだろうなと思ったのも決め手でした。

>>> 化粧品会社→コンサルティング会社→独立→成功を経て気づいたこと

――ポーラ化粧品ではどのようなことを。

新規事業で菓子(キャンディー)の新規開発をしました。社内で誰もキャンディーをつくったこともないので社歴に関係なく意見が言えて、とても楽しかった。それでできたのが「ミンティア」です。(売却し、現在はアサヒグループ食品の商品)ただ、その後はひたすら卸や店舗に営業する日々。“キャンディー”を買ってもらうのではなく、“自分”を買ってもらえる仕事がしたい、と思うようになり、退職。コンサルティング会社に転職しました。

――そのコンサルティング会社での経験は。

ユニークな会社で革新的なコンサル手法を用いていたので、有益な経営手法やノウハウを学べました。ただ、どうしても提言や理屈までで、実行するかどうかの決定はクライアントにある。そのもどかしさを感じて、自分はより消費者に近い、リアルな実体験型の仕事がしたいんだということに気づきました。現在の会社で企画・設計だけでなく実行・運営までやっているのは、その考えがあるからです。

会社を辞めようと思っていた時「新潟県上越市で日本一のショッピングセンターをつくりたいと言っている社長さんがいる」という面白そうな仕事の話がきたので、迷わず手をあげました。そして、毎週平日は上越で仕事をし、週末に帰ってくるという生活を繰り返していたのですが、採算が合わないということで会社がその仕事の契約を解除することになったんです。でも、クライアントの社長さんから引き続き担当してほしいと言われたので、会社を退職し、上越に移住することにしました。

――勇気ある選択ですね。

ちょうど妻が妊娠をしていたので、子どもを育てるなら新潟というのはいいかもしれない、という思いもありました。結果、それまでとやっていることは変わっていないのに、移住して、現地で子どもを生み育てることになると地元の人の対応がガラッと変わったんです。反対運動をしていた人から出産のお祝いをもらったり…。やっぱり街づくりの仕事にはその土地に対する「覚悟」や「姿勢」が大事なんだと身をもって学びましたね。

――そうやってできたのが当時「日本で一番大きなショッピングセンター」の“上越ウィング”ですね。

日経ヒット商品番付でも賞をいただいたりと大きな話題にもなり、絶頂期。天狗になっていましたね。上越で成功したので長岡にもつくり、さあ一気に東京まで攻めにいくぞ、と社長さんと一緒に勢いづいていましたが、資金調達で失敗をし不渡りを出してしまうことになりました。当時、民事再生法等もうまく整備されていなかったこともあり、法的処置も取らずで。債権者と化した仕入先に話をして、手元にある現金でなんとか1年間やりくりしました。

――嫌になりませんでしたか。

残ってくれた社員がいたので、その社員たちのためには去るに去れずで、とにかくやるしかない、といった感じでした。その後は、引き継いでくれる人が見つかり去ることになったのですが、嬉しいことに、今またそのショッピングセンターに携わることができています。

――えっ、どういうことですか?

ショッピングセンターに残り続けていた地元の商店主たちでつくったデベロッパーが、たまたま新聞の記事で僕を見かけて会社に電話してきてくれたんです。ショッピングセンターを立て直したいので力を貸してくれ、と。それで今、25年ぶり2回目の開発に入っているところなんです。ちょうど昨日も打ち合わせをしてきたところです。

――それはすごいですね。

こういうことが仕事の“ワクワクの原動力”になっていると感じますね。理屈じゃないところで頑張ろうって思えます。

次ページ >>> UDSに入社。「キッザニア東京」を成功に導くも――

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2018年07月02日
UDS株式会社
代表取締役社長  
中川 敬文氏

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