最初に、そして何度も触れるものだから
建物や部屋に入るとき、最初に手に触れるのがドアハンドルだ。ホテルの大きな扉のゴージャスな仕様のドアハンドルを押せば、その高級感漂う空間に入ることを実感させてくれる。毎日触れる自宅のドアハンドルには、思いのほか愛着がわく。
そんな全国にある建物のドアハンドルのシェアが90%以上というブランド力を誇り、業界をリードするのが株式会社ユニオン。今年で創業60周年を迎えた同社は、ホテルや住宅、商業施設、病院などあらゆる建物のドアハンドルをはじめ幅広い建築部材金物やクロセットなどを手がける。
立野氏は「1958年の創業時は、この分野の専門メーカーは少なかった。日本の建築物に洋風が取り入れられたのもこの頃。引き戸(スライドドア)からスイングドアに変わる時期に重なったことが大きかった」と語る。
創業当初は後発メーカーとして、従来品のドアハンドルの弱点は何かを徹底研究。その結果、従来品は素材や色は単一のものが多く、形状もよく似たものが多いことがわかった。そこで、顧客の選択肢が広がるように最初からさまざまなバリエーションを用意し展開したのだ。これが今に続く「アート指向」の製品づくりの原点でもあった。
事業拡大の契機となったのが、1964年の東京オリンピックと1970年の日本万国博覧会。東京オリンピックでは競技施設やホテル、新幹線の駅舎のドアハンドルなど、日本万国博覧会では世界各国のドアハンドルのあるパビリオンのほとんどすべてを手がけた。
「世界の方々が見て触れる物を一度にたくさん作る経験を2回にわたってできたことは、その後につながる大きな財産になった」。業績は大きく伸び、ここで事業基盤を固めた。
その後も新しいものづくりへの挑戦を続け、クロセット、パーテーション、ドアまわりの小物、屋外用の車止めなどへと業態を広げてきた。引き戸を開け切って出入り口を広く確保できるドアハンドルや、消火器を隠す部材などで現在も注目を集める。
ヨーロッパから広まったとされるドアハンドルは、世界を見渡しても専門メーカーはあまりない。「世界一の専門メーカーという誇りがある」と立野氏。
海外に向けて日本独自の伝統美を取り入れた製品を展開しようと、南部鉄や漆、西陣織などを取り込んだドアハンドルを製作しフランスの展示会で発表、好評を博した。「来年のイタリア・ミラノの展示会に出品したい。そこで反応を見たり、海外の製品に触れたりして刺激をもらい、今後の製品づくりに活かしていきたい」と意気盛んだ。
立野氏は、社員に向けて常に言い続ける。「著名な建築家と共にものづくりする経験は、同業他社にはまずできない。ユニオンが築き上げたアート指向にこだわる製品と、プロの建築家とも通じ合う社員の専門知識の高さが認められていることを自覚し、自己の研鑽を続けてほしい」。
(取材・文/工藤拓路)