《講演録》先代からのレールのその先へ 自社の強みを活かし、新たな事業を拓く後継者の挑戦

2025年7月15日(火)開催
先代からのレールのその先へ
自社の強みを活かし、新たな事業を拓く後継者の挑戦
講師 猪奥 元基氏
(株式会社ノボル電機 代表取締役社長)
今回の講師は、80年の歴史をもつ拡声器メーカー、株式会社ノボル電機の三代目、猪奥元基氏。猪奥氏は大学卒業後、家業を意識することなく過ごしていたが、「祖父や父と同じ道を歩みたい」と入社を決意した。市場が衰退するなか、社内の協力やクラウドファンディング、外部機関の積極的な活用を進めながら、BtoC向けの新ブランド「ノボル電機製作所」を立ち上げ、拡声器型のスマホ用無電源スピーカーやコンパクトオーディオのリリースなどを通して、BtoC事業の成長に取り組んできた。
本セミナーでは、自社に元々あった強み(リソース)から何ができるかを考え、行動しながら新しい可能性を見いだした「ノボル電機的メソッド」についてお話しいただいた。

目次
■ 自衛隊から家業へ
戦時中に通信兵だった祖父は、終戦後に大阪・深江橋でラジオの修理などをしていました。これがノボル電機創業の端緒です。その後、「拡声器」という当時ではまだ新しかった技術に目をつけ、拡声音響装置や汽笛のメーカーとして事業を展開しました。のちに父が二代目として事業を継ぎ、私は27歳のときに入社しました。
私は大学時代、京都外国語大学でフランス語を専攻していました。高校生のとき、父に「外国語を勉強したい」と伝えるとすんなり受け入れられたので、「後継者は姉弟のどちらかだろう」と思っていました。卒業後は公務員になりたいと考え自衛隊に入隊したのですが、27歳のときに家業から声がかかりました。
2009年に退官し、家業であるノボル電機に入社しました。まずは製造部門を1年経験しながらISO規格に関する事務を行い、その後営業、経理を担当してきました。そのため、恥ずかしながらいまだに図面が描けません。製作も少しできる程度で、工場のことがあまりわからないまま代表取締役を務めております。
弊社では、「安心される専門メーカー」の理念のもと、拡声音響装置のメインである設備音響の周辺分野で、メガホンやオルゴールアンプ、Jアラート用のスピーカーなどを製造しています。事業としては、拡声音響装置の製造・販売がほぼ100%です。6年前、私が社長に就任してから受託生産を始め、BtoC事業も少しずつ増やしてきました。

■ 「勝負に勝って試合に負けている」
弊社は創業から80年、拡声器一筋で事業を続けてきた会社です。コロナ禍で弊社の売上げは激減しましたが、市場全体のデータを見ると、市場規模は横ばいその中で「弊社の売上げが下がっているのは営業サイドで負けているからなのでは」と考え、市場シェアを調べてみたところ、弊社のシェアは微増していました。
問題は市場全体の落ち込みや特定市場の売り負けではなく、弊社が強みとしてしいる製品分野の需要減少でした。つまり、シェアは上がっているけれど、売上げが下がっている。「勝負に勝って試合に負けている」状態でした。
拡声器は、プロダクトライフサイクルにおいて衰退期にあります。教科書通りに考えれば「製造コストを抑えて次の市場に行く準備をしなさい」といわれるでしょうが、弊社には拡声器しかない。そこで、「アンゾフの成長マトリクス(成長戦略の方針を策定するフレームワーク)」を用いて、向かうべき道を整理しました。

■ “手ざわり感のある市場”を開拓
ノボル電機は2015年から2020年まで、市場において差別化した商品を出せば生き残る余地があると考え、さまざまな付加価値を付けたメガホンや拡声器を開発してきました。当時は市場浸透戦略を取っていましたが、その後、市場開拓をするのか、新製品を開発するのか、多角化するのかという三つの選択肢の中から、私は中期計画として市場開拓戦略を選ぶことに決めました。
とはいえ、まったく新しい市場を開発することはできないので“手ざわり感のある市場”を探し始め、狙いをつけたのがオーディオガジェット及び拡声器の周辺技術である、サイレン・ブザー・マイク・警笛でした。成長が横ばいの拡声器市場ではなく、無限の可能性があるBtoC向けオーディオガジェットの開拓と、これまで異分野として取り組んでいなかった業務用の周辺需要をBtoB営業により獲得するという、二つの方針を立てたのです。
2021年9月にはBtoC事業に参入しました。その約1年半前に大阪産業局の支援事業の一つ、「大阪商品計画」第7期に応募し、採択されたことでブランドの立ち上げをスタートしました。その後、ブランディングのコンセプトを固め、インターナショナル・ギフト・ショーへのテストマーケティング出展やクラウドファンディングを経て、スマホ用無電源スピーカーを開発しました。
この1、2年後に拡声器オーディオとして一般的なアンプとスピーカーを作り、再度クラウドファンディングを実施。現在は“BtoCtoB(消費者を媒介にBtoBを拡大する新モデル)”という新方針のもと、販路拡大と認知拡大をめざして取り組んでいます。
この無電源スピーカーは、「大阪製ブランド」と「大阪代表商品」という二つの行政の認定事業を取得しました。数字的には目立つ成果ではないかもしれませんが、わが社の広告塔として頑張ってくれる商品になりました。一方で、稼ぎ頭になっているのは拡声器オーディオです。これまで計4回のクラウドファンディングを実施し、累計で約1,700万円を売上げました。さらに韓国にオーディオの総代理店ができ、さらにジェトロ(日本貿易振興機構)の支援を得て台湾への販路を開拓中です。

■ パブリシティに力を注ぎ
スマホ用無電源スピーカーの売上げはけっして会社を支えるような規模ではありませんが、その数字以上にメディア露出が多かったと感じています。その理由は、パブリシティに注力したからです。ブランディング初期に企画した拡声器オーディオはレトロブームもあり、販売面で期待をもっていたましたが、回路設計を1から実施するには数年単位の開発期間を要します。
そこで弊社のコンセプトに沿ったガジェットであるスマホ用無電源スピーカーをまず市場に投入し、オーディオ開発の間はプロモーションに“全振り”することにしました。その中で、広告を打つ予算もなく、オウンドメディアもなかったので、パブリシティに力を注ぐことになりました。
当時、大阪産業創造館の事業にマーケティングに関する講座があって、その知見を使ってプレスリリースを作りました。それをメール、ファックス、郵送などで記者クラブなどに届けたところ、その結果、共同通信に取り上げてもらい、京都新聞や大阪日日新聞にも新商品として紹介されました。そうしてプロモーションのファーストステップを踏むことができ、ほかの新聞やテレビにも取り上げてもらえるようになりました。
その時感じたこととしては、メディアへの掲載後に社内の士気が明らかに高まったことです。また、リリース原稿を作ること自体が商談の“壁打ち”にもなりました。メディアが関心を示したテーマは今後の売り文句になり、SNS発信のネタとしても活用できるようになりました。

スマホ用無電源スピーカー
■ 販路拡大から認知拡大へ
この裏側で、右往左往した時期もありました。先ほどお話した中期経営方針を打ち出したとき、社員から具体的なアクションは何も起こりませんでした。市場が縮んでいるにもかかわらず、会社の業績が伸びていた時代が10年ほどあり、その経験から社内が「変革を必要としない体質」になってしまっていました。ただ、それは“残存者利益”を得ていたに過ぎなかったのです。
それに気づいた私は、社員に「新市場に行かなければならない」と訴えましたが、誰も納得しません。そこで、新市場の開拓の前に社内の意識改革の必要性を感じたのです。協力者はいませんでしたが、「なんとかしなあかん」と思って見つけたのが「大阪商品計画」でした。社内にも「行政のお墨付きのプロジェクトなので大丈夫です」と説明して回ることで、合意形成を得ることができました。
当初は無電源スピーカーを商品化するつもりはなかったのですが、ギフト・ショーに出すとバイヤーの反応が非常に良く、クラウドファンディングによって商品化することになりました。ところが発売後は大量の在庫を抱えてしまい、音響系の展示会に出しても酷評を受ける結果に。「呪われているのか」というくらい何をやってもうまくいきませんでした。
拡声器オーディオはクラウドファンディングで350万円の支援を頂き、とてもありがたかったのですが、実際は大赤字でした。デザイン面を専門家に相談したのちにようやく黒字化できましたが、会社の次の成長エンジンになるような規模には至っていません。現在は“BtoCtoB”という新方針のもと、販路拡大から認知拡大へと方向を変えて取り組んでいます。

スタックアンプ/金属製ボックススピーカー型
■ 失敗から得た経験を次の挑戦へ
このように、これまでの歩みはトライアル・アンド・エラーの連続で、失敗して行き止まりになれば少し戻ってエラーを避ける、ということを繰り返してきた会社です。私自身、自分の能力や知識、情報と、その時に助けてくれる人脈との“掛け算”をしながら、最適と思うことをひたすらやり続けてきました。
私は、事業に生かせるような学歴や職歴を一切持っていません。社長としての後悔でもあり、反省でもあります。しかし、だからこそ自分でできる範囲で考え、「致命傷にならない失敗であれば、なんとかなる」というのを、この3年で幾度も経験してきました。その中で得た確信は、失敗を通じて新たな経験を獲得し、また次の挑戦をすればいいということ。これからも挑戦を続けていきたいと思っています。
(文/安藤智郎)
猪奥 元基氏(株式会社ノボル電機 代表取締役社長)
創業者の祖父、二代目の父と同居する環境で育つ。大学卒業後、陸上自衛隊へ入隊。2009年に退官後、家業である株式会社ノボル電機に入社。製造部、東京営業所、大阪営業所、経理など各部署での経験を積み、2018年に父親から事業を承継し、代表取締役社長に就任。“不器用なガジェット”をコンセプトに、自社の長年の経験と技術を活かしたBtoCプロダクトの開発に取り組んでいる。









