“だれでも奏でられる音”が生まれる――演奏体験の幅を広げるテクノロジー
「ピアノを弾けるようになりたい。でも習得のハードルが高すぎて」。そんなもどかしい思いをしている人にとって朗報となる楽器が誕生した。その名も「ParoTone(パロトーン)」。右手はドレミの単音を、左手はドミソなどの和音を指1本で奏でることができる。さらにスマホとつなげば、“音ゲー”のように画面の上から落ちてくる音のアイコンに合わせて押すだけで、あこがれの曲が弾ける。「習得時間がピアノの約1/5」といううたい文句も、なるほどとうなずける。
CEOの三田氏とCTOの佐藤氏は、いずれも大阪大学の学生時代に学内で出会った。音楽ジャンルは異なるが、ともにピアノの演奏を趣味にしていた2人。「弾き手と聴き手の間には壁がある。みんなで一緒に弾いて音を楽しむ世界を実現したい」。そうした想いから2人は楽器開発に踏み切ったという。

ParoToneを通じてつながる人の輪、演奏の楽しさを自然と引き出していく。
だが、ハード、ソフトいずれの開発も素人とあって、形にするまでには多くの困難があった。特に「直感的に弾ける」ようにするために、最適な形状やキーボード配列を考える際は試行錯誤の連続だった。5本の指をそのまま乗せる形や、指の長さに合わせた扇形なども検討したが、最終的には5列3段のボタンを左右それぞれにフラットに配列する形に落ち着いた。初心者が挫折しないよう、音楽理論に基づいた弾きやすさの工夫も随所に散りばめられている。例えば、単音・和音ともに曲中で頻度の高い音を2段目の中央に集め、統計的に次に来やすい音を近くに置いた。また、1段目、3段目の音を弾くために指を動かした際にスムーズに戻れるよう、2段目のボタンが谷になるよう1段目、3段目のボタンに傾斜をつけた。
学内の発表会でプレゼンした際に、聴衆の学生が「開発に加わりたい」と手を挙げてくれた。その学生はゼロからゲームプログラミングを学び、アプリ開発を任されることとなった。演奏を評価する「採点機能」のほか、左手の和音は自動演奏し、右手の単音だけで弾けるようにするなどアプリならではの機能も加え、練習が楽しくなるように設計されている。利用者は、あらかじめ用意された初心者、中級者、上級者向けの曲の中から自由に選曲し演奏することができる。そのなかには超絶技巧が求められる「ラ・カンパネラ」もあり、弾き手の心をくすぐる。
Makuakeのクラウドファンディングでは初日にランキング1位を記録し、大きな話題を集めた。現在までにすでに約1,100台を販売。初心者から「弾きたい曲が弾けた」という喜びの声が多く届いているほか、ParoToneを使ったバンドが誕生するなど、2人が当初考えていた理想が現実になりつつある。4月下旬には、大阪・関西万博の会場でParoToneを使った演奏会も開かれ、世界に広くアピールした。

大阪・関西万博でのコンサートの様子。
現在の2人の目標は、「ParoToneを一つの楽器として確立し、ParoToneのプロが生まれる世界を実現すること」。そのためには、「さらに音質を高め、デザインもより洗練されたものへと磨き上げていかなければならない。自分が好きな曲を演奏できるよう、曲から楽譜を自動的につくるソフトもつくりたい」。だれもが音楽を楽しめる世界に向けて挑戦は続く。

左から、CEO 三田真志郎氏、CTO 佐藤那由多氏
(取材・文/山口裕史)