マーケティングセンスを磨く知恵袋

【マーケティングセンスを磨く知恵袋〈5〉】消費者インサイトや情緒的価値の探り方 ~消費者は製品を買っているのではなく、物語のエンディングを買っている!

2024.09.01

連載「マーケティングセンスを磨く知恵袋」
第五回「消費者インサイトや情緒的価値の探り方
~消費者は製品を買っているのではなく、物語のエンディングを買っている!」

今回は、1960年代に初登場したフリーズドライ(真空凍結乾燥)インスタントコーヒー製品の「ドラマのような実話」を振り返りつつ、消費者インサイトや情緒的価値を洞察するうえで物語マーケティングがいかに役立つかを解説していきましょう。

それ以前からインスタントコーヒーは存在していましたが、高温で水分を蒸発させていたために酸化や風味・香りの喪失が起こり、「手軽だが風味が劣る」という悪評が定着していました。
しかしこの新製品はフリーズドライ製法により「手軽でしかも美味しい」を実現できたのです。まさに非の打ちどころがない画期的商品の誕生と言っても過言ではありません。
なお、販売価格ですが、従来からのインスタントコーヒーに比べて高く設定されました。製造コストも上がったしブランド的差別化も図りたかったので、妥当な価格戦略だと思われます。
そこでメーカーはマーケティングを効率的に実行するために、理想的顧客像を「子どもがいて、キャリア志向を持ちながら働く女性」に絞り込みました。経済的に余裕があり、特に朝が忙しそうなイメージがあるので、この新製品のターゲットとしてまさにピッタリですよね。実際に事前のテストマーケティングでは「発売されたらすぐに買いたい」と熱望されたそうです。

気を良くしたメーカーは大ヒットを確信して、「手軽でしかも美味しい」をストレートに訴求するテレビ広告を出し大々的に発売し始めたのですが、売れ行きは予想を大きく下回る結果に。メーカーは販売不振の理由がわからず困り果ててしまいました。
そこで、ダメ元で某心理学者に相談したところ、彼は「ちょっと変わった心理学実験」を通じて購入を躊躇する既婚の働く女性特有の心理を発見し、さらには広告に数秒間のシーンを追加する微修正を進言しました。メーカーは半信半疑ながら藁にも縋る思いでアドバイスに沿って再編集した広告を放映したところ、爆発的に売れ始めたのです。

この話はマーケティングにおける心理学の有用性を誇示する実例としてしばしば披露されますが、実用性には大いに疑問が残ります。なぜなら総じて心理学実験は再現性が低く、さらには解釈の恣意性が結果を大きく左右するからです。ここでは心理学実験の詳細は記しませんが、同じ過程を踏んでも同じ結論に至ることはほぼ無いと私は思います。
そこで今回は心理学実験ではなく、物語マーケティングで検討してみましょう。

まず起承転までを創作すると、以下のような感じでしょうか。実際に講義の中で受講生にしばしば回答してもらうのですが、ほぼ例外なく同様の物語が出来上がってきます。

「手軽でしかも美味しい」の訴求だけ考えれば転を前面に出した当初の広告は大正解ですが、物語マーケティング的には最後の結でどのような感動を打ち出すかがポイントとなります。皆さんなら、どういう「結:感動的エンディング」を創作しますか? 
しかも2タイプの結があり得るのですが、わかりますか?

最初に正統派の感動的エンディングを以下に挙げましょう。

実は心理学者が提唱した追加シーンは、この感動的エンディングと一致するものでした。
そこから、「朝食の家族団欒」がインスタントコーヒーの情緒的価値、あるいは自分ごと化を促進する真の顧客ニーズ(もしくはインサイト)という慧眼に至ることもできるわけです。
ブランド化に情緒的価値が重要であることは既に記しましたが、その意味でブランディングの成否はこの慧眼にかかっていると言ってもよいでしょう。

さて一方で、その他のエンディングとして以下のようなものも考えられます。

このエンディングからは家族を大切にしない利己的な妻・母がイメージされそうですが、実はそのイメージこそが、当時、心理学者が実験で突き止めたインスタントコーヒー購入女性像だったのです。もちろん広告ではそのような表現は無いのですが、多くの方にとって本音であるが故に自然と想起されたのでしょう。
言い換えれば、このインスタントコーヒー製品の発売当初の不振は製品そのものが避けられたのではなく、物語のエンディングに対する不快が真因であり、広告修正でエンディングを快にシフトさせたことで買う気になれたのです。

最後に蛇足ながら、これまでのコラムで触れてきたプレミアムビールの、私なりの物語を以下に示します。

これは第三回目コラムで述べた「プレミアムビールの、顧客・ニーズ・強みの三位一体」を物語に仕立てたものですが、やはり最後の感動的エンディングにプレミアムビールが提供できる情緒的価値、あるいは自分ごと化ヒントが明確に表れているように思われます。
そして実際の販売データが示すとおり、このエンディングを反映した広告が投入された直後から市場が大幅に拡大していきました。つまり、消費者は製品を単純に買っているのではなく、やはり物語のエンディングを買っているのです。

皆様におかれましても、御社商品の価値とりわけ情緒的価値を、あるいは顧客インサイト・深いニーズを改めて考える一助として物語マーケティングがお役に立てれば、それに勝る幸甚はありません。

 
四元 正弘氏(四元マーケティングデザイン研究室 代表)
1960年神奈川県生まれ。東京大学工学部卒業。サントリー株式会社でワイン・プラント設計に従事し、発明協会賞を受賞。87年に電通に転職。メディアビジネスの調査研究やコンサルティング、消費者心理分析に従事する傍らで筑波大学大学院客員准教授も兼任。2013年3月に電通を退職し独立。主たる専門領域である消費心理・動向分析では日本の第一人者としてその分析には定評があり、このテーマでの講演多数。また地域ブランド開発も手がけ、多くの県や市町村の委員会などにも積極的に参加、ワークショップファシリテーションも行う。

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四元マーケティングデザイン研究室

代表

四元 正弘氏