マーケティングセンスを磨く知恵袋

【マーケティングセンスを磨く知恵袋〈4〉】物語マーケティングの概要と基本フレーム~起承転結で考えれば案外簡単~

2024.08.01

連載「マーケティングセンスを磨く知恵袋」
第四回「物語マーケティングの概要と基本フレーム~起承転結で考えれば案外簡単~」

前回紹介した「すべての有力ブランドには物語があり、マーケティング活動の大半は物語を供給すること」という名言のように、マーケティングにおける物語の有用性はよく説かれています。
でも具体的にどうやって物語を作ればよいのでしょうか。今回は私が提唱する「物語マーケティング」のノウハウを披露します。

言うまでもなく、ここでいう物語とは一般的な小説などとは異なりますが、小説やマンガの大御所が創作術としてしばしば言及する「キャラが勝手に動く」という発想は大いに参考になるでしょう。
前回のコラムでは物語マーケティングのプロットとして「顧客・ニーズ・強みの三位一体」を示しましたが、実はこの三位一体こそ「勝手に動くキャラ」なのです。つまり三位一体を把握したら、あとは物語マーケティングが勝手に進み始めるというわけです。
とはいえ、行き当たりばったりの盲進ではゴールに辿り着けるか不安ですよね。何か指針のようなものがあれば良いのですが……。

そこで皆さんに質問。大好きな小説・映画・マンガをいくつか思い浮かべてください。それらの物語に共通性はありませんか?実は人気物語の構造には相似的な特徴があることが知られています。
まず大局的にみると、主人公が困難な状況に苦悩する「ネガティブ期」と、最終的に打ち勝って歓喜する「ポジティブ・エンディング」の対立構造がよく挙げられます。
さらに言えば、主人公の不断の努力や鍛錬に加えて、好転の契機として信頼できる味方や仲間が中盤以降に登場するのもお約束です。

以上のことを踏まえて、私は物語マーケティングをこのように定義しています。

 「主人公:悩める消費者」&「信頼できる味方:商品」の
 笑顔で終わる感動的な物語を通じて、
 自分ごと化を実現するマーケティング

そのうえで次に示す「起承転結」を活用したフレームで構成を考えると、簡単に誰でも物語マーケティングを実践できると考えており、実際にワークショップなどで参加者にトライしてもらっています。

注:顔アイコンは主人公の表情や心中

中でも特に重要なのは最後の感動的エンディングであり、それを導くために起承転が存在するといっても過言ではありません。
例えば承で消費者ニーズが一応出てきますが、常識的かつ表層的なレベルに留まることが多く、差別化にはあまり役立ちません。その一方で、「結:感動的エンディング」ではじめて、「自身も認識していない深層心理」に踏み込んだ消費者インサイトを把握できることも少なくありません。
また消費者インサイトを背景に、商品の情緒的価値の本質、すなわち自分ごと化を実現する「大切な何か」が浮き彫りになるものです。
さらに言えば、その「大切な何か」を打ち出してこそ秀逸なコミュニケーションといえましょう。しかし残念なことに大半のコミュニケーションは「転:ソリューション」を示して良しとし、「結:感動的エンディング」まで踏み込んでいないように思えます。

最後にやや蛇足気味ですが、心理学で有名な「バーナム効果」にも触れておきましょう。
これは、「誰にでも当てはまるような曖昧な内容なのに、自分にピッタリ当たっていると信じてしまう」ことで、性格判断や運勢占いで言及される心理効果です。ちなみにバーナムは映画『グレイテスト・ショーマン』のモデルになった実在の興行師P・T・バーナムのことですが、名誉棄損で投獄されたこともある毀誉褒貶(きよほうへん)の激しいマーケティングの大天才でした。
ここでマーケティングの視点でバーナム効果を捉え直してみましょう。自分ごと化が重要だとこれまでも言ってきましたが、冷静に考えると特定個人を想定する商品なんて存在しません。つまり、「実際は汎用だが、消費者には『自分にピッタリ』」と錯覚してもらうことが自分ごと化の正体なのです。その意味で、商品を対象にしたバーナム効果こそが自分ごと化のカギだといえましょう。
心理学の知見によれば、次の3条件を満たした場合にバーナム効果が現れやすいとされています。

①「理想の自己像や今の境遇・悩みを重ねられる主人公」の登場
②「前向き・ポジティブな結末」の予感
③「事実や信用できる情報」の存在

この3条件は物語マーケティングに酷似しており、「起承 ⇔ ①、転 ⇔ ②、結 ⇔ ③」と対応しているようにも見えますよね。
つまり物語マーケティングの起承転結に引き込まれた消費者は、バーナム効果によって自分ごと化が無意識に、勝手に進んでしまうのです。言い換えれば、「実際は汎用品でも気分的には自分にピッタリ」と消費者に良い意味で錯覚させる力が物語マーケティングにはあるのです。

ただし物語マーケティングのこの力は強大で、使い方次第で詐欺のような知能犯罪にも簡単に堕ちてしまいます。実は古代から知と悪事の関係は悩ましい問題で、「本当に悪いのは知なのか、人なのか」に行き着くのですが、その点に関して古代ギリシャの哲人ヒポクラテスはシンプルにこう喝破しています。
 「知りながら、害をなすな」 ~ヒポクラテス
物語マーケティングを指向するのであれば、肝に銘ずべき言葉なのではないでしょうか。

次回は「広告コピーをちょっと変えたら急に売れ始めた大ヒット商品」などの注目事例を題材に、物語マーケティングの活用法を紹介する予定です。こうご期待!

 
四元 正弘氏(四元マーケティングデザイン研究室 代表)
1960年神奈川県生まれ。東京大学工学部卒業。サントリー株式会社でワイン・プラント設計に従事し、発明協会賞を受賞。87年に電通に転職。メディアビジネスの調査研究やコンサルティング、消費者心理分析に従事する傍らで筑波大学大学院客員准教授も兼任。2013年3月に電通を退職し独立。主たる専門領域である消費心理・動向分析では日本の第一人者としてその分析には定評があり、このテーマでの講演多数。また地域ブランド開発も手がけ、多くの県や市町村の委員会などにも積極的に参加、ワークショップファシリテーションも行う。

四元マーケティングデザイン研究室

代表

四元 正弘氏