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【長編】世界をわくわくさせるスポーツカーをつくりたい

グリーン

「幻のスポーツカー」と呼ばれたトミーカイラZZを、電気自動車としてよみがえらせたグリーンロードモータース。社長の小間氏は学生時代に派遣業を創業した若手起業家だ。技術力のある京都の部品メーカーとの共同開発で、爆発的な加速を誇るEVスポーツカーを開発。「日本のものづくりで世界をわくわくさせたい」――そう語る同氏に起業に至るまでの経緯、事業に賭ける意気込みなどについて聞いた。

 

>> 大学在学中に人材派遣会社を創業されています。その経緯をお聞かせください。

高校2年のとき、地元神戸で阪神大震災をど真ん中で経験したんです。街並みが崩壊し、ライフラインが寸断し、昨日までの生活が一瞬で失われました。当事者としてその経験をした際、「生きている限り、何か社会に対して役立つことをしたい」と強く思ったんです。

そこで震災後にピアノを始めました。理由は、震災で元気を失った人に笑顔になってほしかったから。それまでピアノを弾いた経験はありませんでしたが、コードを覚え、ギターのように弾くことならできると思ったんです。人に喜んでもらうための手段としてピアノを選択したので、弾き方自体は自分流でいいと思いました。

独学でピアノを始め、街中で流しのように弾いていると、次第にいろんな人が興味を持ってくれるようになりました。そして、ある人材派遣会社の力添えで、ルミナリエの会場でピアノを演奏する機会を得たんです。ピアノの基礎力がないにもかかわらず、やる気さえあればチャレンジできる場を提供してくれる、そんな人材派遣会社はすごいと純粋に思いました。

当時は派遣業界が華やかな時代ということもあり、事業としても興味を持ちました。そこで音楽家の横のつながりを活かし、ミュージシャンの派遣業を大学在学中に創業したんです。祖父が建設会社を経営していたこともあり、起業するのはごく自然の流れでした。

創業後、次第に仕事の幅を広げ、大学を卒業するころには大手家電メーカーの商品の販売部門のアウトソーシングを手がけるようにもなっていました。当時、痛感したのは、「いい事業にはいい人が集まる」ということ。これは派遣業に変わらず、どんな事業でも共通すると思っています。

その後、2000年に株式会社コマエンタープライズを設立し、売上は毎年1.9倍の右肩上がりの成長を続け、いまでは売上20億円の規模になっています。

 

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>> 人材派遣業から一転、電気自動車を手がけるベンチャーを設立されました。

派遣業として日本の大手家電メーカーと取引をさせていただくなか、各社の業績が軒並み悪化していきました。それとは反対にアップルをはじめ、サムスン、LGといった海外の企業が急速に力をつけ、さらに台湾のASUSのようなベンチャー精神を持つ企業の台頭も目立ってきました。

日本企業は技術力は高いのに、なぜかつての輝きを失いつつあるのか――そんな疑問を抱くなか、日本のものづくり企業は技術はあるものの、最終商品に対しての柔軟性を欠いてしまったのではないかと考えるようになりました。

ですが、かつて日本の家電メーカーも、たとえばソニーのウォークマンのように世界を驚かせるような商品を打ち出していました。ならばその時代に立ち戻り、高い技術力を背景とした日本のものづくりを世界にもう一度アピールできるのではないか、自分もその一員となり、ベンチャー精神を持ったものづくり企業をつくりたい、そんな思いを持つようになったんです。

それから、いろいろなビジネスを模索しました。ディスプレイやパソコン、IT関連も考えました。そのなか、ちょうどタイミングがよかったのが電気自動車だったんです。

30歳を過ぎたころ、経営や経済を勉強し直したいと思い、京都大学大学院に入りました。その授業で、京大が産学連携で開発に取り組んでいたEVプロジェクトの存在を知ったんです。副学長だった松重和美教授が中心となり、京都の部品メーカーと連携しながら進めていたプロジェクトでした。授業で松重教授から「京都という限られたエリアだけでもEVを開発できる」と聞き、興味を持ってそのプロジェクトに参加したんです。

ところが、松重教授の退任と同時にプロジェクトが終了することになりました。私自身、すでにEVは事業化できると思い、リサーチを始めていました。その思いを松重教授にぶつけると、「小間君は起業の経験があるから、ぜひ引き継いでやってほしい」と背中を押されました。そこで松重教授を特別顧問に迎え、2010年にグリーンロードモータースを設立してEV開発に乗り出したんです。同時にコマエンタープライズは創業時から手伝ってくれていた社員に譲り、私はEV開発に専念することにしました。

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>> ものづくりの経験がないにもかかわらず、どうやって電気自動車の開発を?

日本の自動車業界はメーカーから下請け企業に発注する垂直統合型のビジネスモデルで自動車大国を築きました。一方、電気自動車の場合、モーターはモーターの会社、バッテリーはバッテリーの会社というように、各部品メーカーに開発を任せる水平分業型のビジネスモデルです。部品の多くは各社がすでに開発している既製品でまかなえるうえ、部品点数自体もガソリン車に比べて10分の1程度。だから当社のようなベンチャー企業でもEVを開発できるんです。

京都という地の利も影響しています。京都は技術力の高い部品メーカーが集積しているので、EV開発に必要な部品を調達しやすいんです。さらにお互い距離が近いので、頻繁に顔を合わせてミーティングを開くなど、外部の協力を得やすい環境が整っています。これは世界的にみても大きなメリットだと考えています。部品メーカーがこんなに近くに集まっているなんて海外ではありませんから。

 

>> スポーツカーに特化し、トミーカイラのブランドを継承されました。その経緯をお聞かせください。

当初はバイクか小型車で事業化を模索し、フィージビリティスタディを重ねていたのですが、なかなか開発の決心がつきませんでした。理由は採算性です。ベンチャー企業は少量生産なのでコストが高くつきますが、バイクや小型車のターゲット層は低価格帯を求めています。それでは採算性が合わないばかりか、大手が参入して大量生産するようになれば太刀打ちできません。

そんななか、シリコンバレーでバッテリー式電気自動車を開発する「テスラモーターズ」を視察して、このビジネスモデルならベンチャーでも勝負できると確信したんです。たとえ生産量は少なくても、希少性が価値につながるスポーツカータイプのEVであれば十分利益を出せるし、大手にも対抗できると考えました。

では自分たちはどんな車をつくるのかと考え始めたとき、偶然にも、トミーカイラZZを販売していたトミタ夢工場の元技術者が当社の採用募集に応募してくれました。その出会いを機にトミタ夢工場の創業者・冨田義一氏とお会いし、意気投合してトミーカイラのブランドを継承させていただくことになったんです。

トミーカイラZZは「公道を走れるレーシングカー」として1997年に発売されました。ところが運輸省令の保安基準改正により、400台以上の受注を残して販売中止に追い込まれたという経緯があります。206台しか市場に出回らなかったことから、「幻のスポーツカー」と呼ばれていました。ご縁により、そのブランドを継承できたのは幸運以外の何物でもありません。

 

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>> トミーカイラZZの具体的な特長は?

スポーツカーを開発すると決めた際、電気自動車のメリットの一つである走りの加速性に着目しました。電気モーターは回転を開始した直後に最大トルクが発生します。この性能を最大限に活かした車づくりを行えば、少々値段が高くても払うだけの価値があると認めてもらえると考えました。

とはいえ、最初は苦労の連続でした。水平分業でものづくりができるとはいえ、一から車をつくるわけですから。電気自動車はモーターとバッテリーを組み合わせれば完成すると言われていましたが、いざ完成した一号車はゴーカートのようなレベルで(笑)。簡単にはつくれないと痛感しましたね。

京都の部品メーカーとの共同開発というスキームのなか、徐々に技術レベルを高めていきました。たとえばモーターやバッテリーをそのまま積むだけでは、特長のない車ができ上がります。ですが京都の企業さんは研究熱心で、本来10しか出ない性能に対して20の出力を出せるよう、改良を重ねてくれました。同時に、性能アップに対する安全性テストなども部品メーカーさんが担当してくれたんです。地道な改良の積み重ねにより、ゴーカートから、スポーツカーとしての十分な性能を持たせられるようになりました。

トミーカイラZZの具体的な特長の一つは優れた加速性です。時速100kmに達する時間は3.9秒。シートに体が強く押し付けられるような強烈な加速フィールを味わえます。普通のガソリン車なら10秒、スポーツカーでも6~7秒はかかります。スポーツカーが好きな人にとって、この加速感は魅力的だと思いますよ。

車体構造にも特長があります。車の車台の部分、当社ではプラットフォームと呼んでいるのですが、このプラットフォームとボディカウル(外装部分)を分けて製造しています。そしてプラットフォームだけで剛性・強度などすべての性能を完結できる合理的な構造(特許取得済)を実現しています。特殊金属の溶接で高い技術力のある舞鶴の企業の協力を得て開発しました。

こうして車台部分だけで剛性・強度を満たすことで、車体を大幅に軽量化できました。トミーカイラZZは軽自動車よりも軽い850kg。だから加速性能を高め、走行距離を伸ばし、コストダウンも可能になりました。

独自のプラットフォームで剛性や強度を満たしているので、外装部分は樹脂素材で問題ありません。樹脂であれば数百億円もかけて金型をつくる必要がなく、低コストで外装を開発できます。だからいろいろなデザインのモデルを比較的安価につくれるんです。これはフェラーリやロータスといった海外のスーパーカーを参考にしています。世界に学び、日本のものづくり技術でかたちにする――これが私たちのスタイルです。

 

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>> 個人投資家からの出資も受けられていますね。

グリーンロードモータースを設立した当初は、派遣会社で得た個人的な資金を投下して事業を続けていました。その資金が底を打ちかけたとき、個人投資家の方々が私の思いに共感して出資してくれるようになりました。

最初に出資をしてくださったのがソニー元会長の出井伸之氏です。「日本のものづくりで世界をわくわくさせたい」というビジョンに共感していただいたんです。さらに出井さんの紹介でX JAPANのYOSHIKI氏、偶然のご縁で知り合った江崎グリコ創業家の江崎正道氏も出資者として名を連ねていただいています。

私が派遣業をしていたとき、日本のものづくりを元気にして、世界に発信していきたいという思いを強く抱いていました。その思いを語ることで理解を示していただき、支援をしてもらえたのです。いい事業にはいい人が集まる――派遣業を創業した当時の思いはいまも変わりはありません。

 

>> 最後に今後の展開をお聞かせください。

当社は大手の自動車メーカーとは異なる水平分業のものづくりをしているので、少量生産でも採算を確保できます。最低でも30台販売すれば赤字にはならない利益構造です。2013年4月に先行予約の受付を開始し、160件の予約をいただきました。これを3期に分けて正式な受注とし、段階的に販売していく予定です。

車は道具としての方向性と、社会的な向上心を満たすアイテムとしての方向性の2つあると思います。当社のものづくりは後者をめざしています。「いつかはクラウン」とかつていわれたように、「いつかはトミーカイラ」と呼ばれる位置付けのブランドに育てたいですね。

市場づくりという点でいえば、現在、海外の大手自動車メーカーと連携し、新しい商品開発の模索を始めています。海外のノウハウを取り込みつつ、日本発のものづくりを前面に打ち出しながら、国内外の市場を切り拓いていく考えです。まだ公開できませんが、次はエモーショナルで面白いクルマを発表しますよ。ぜひ期待していてください。

 

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2013年12月09日
グリーンロードモータース株式会社
代表取締役社長  
小間 裕康氏
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