ものづくり

《講演録》地酒「獺祭」に学ぶ <伝統の改善>~製造業で実践するには~

2022.02.10

◆杜氏がいないから“伝統も機械もデータもなんでもあり”

先ほど獺祭は“伝統も機械もデータもなんでもあり”で製造しているとお伝えしましたが、どういうことかをご説明します。まず、麹造りです。これはまさに人海戦術です。麹造り用の機械も販売はされているのですが、使用していません。米をほぐして一粒一粒麹菌を米に植え付けていくには、色んな環境に順応しやすい人の手が一番麹造りに適した“機械”だと考えているからです。湿度が高い部屋で大変な作業ですが、すべて社員が行っています。次に、タンクで酒を造る工程。これは、機械化とアナログのハイブリッドです。部屋の温度を年間通して6度に設定して、その中で社員がアナログに酵母の様子を見ながら発酵のコントロールをしています。一部屋にタンク100個、それが3部屋、計300個のタンクを順繰りに使っていって、年間3000回の仕込みを可能にしています。これだけの数があるから人数も必要です。そのため、弊社の社員数は230名中、製造メンバーは約130名にものぼります。このタンクひとつひとつは毎日、成分分析をしてデータをとっています。そして、人間が味見をします。先代、私、製造部長、工場長、副工場長で毎日味を見ています。「今日の味はなぜこうなのか」という答合わせはデータでできます。人の味見、データそれらを掛け合わせて明日の酒造りをどうしようかということを決めていっているのです。つまり、フルオートメーションでもなければ、すべてアナログでもない。人の力、機械やデータの力、どちらも良い酒造りのための手段です。

 
◆ブラックボックス化していた伝統の技を「見える化」

かつて、酒の味というのは杜氏が握っていました。もともとは季節雇用の杜氏さんを雇って冬だけに酒造りをしていたのですが、弊社の地ビール事業の失敗をきっかけに杜氏が辞めていき、当時の社長である私の父が杜氏の役をやらざるを得なくなりました。そんな中で、仕込みの内容、酒造りでやっていったことを見える化し、酒の味という結果をもとに検証していった。これが結果的に現状のスタイルにつながりました。

本来、杜氏は季節雇用の個人業が多いので自分の酒造りのノウハウは外に出しません。そして、ある年の酒の出来が良くなかったとしても、米のせい、精米のせい、麹のせい、はたまた“酒造りの神様が今年は機嫌が悪かった”などといくらでも言い訳ができてしまう。そんなブラックボックス化されていた杜氏の技、経験と勘をできるだけ言語化、見える化したのがデータです。データと実際の味を年3000回という数だけPDCAを回す。ABテストや実験をする。いわば、この回数分だけアジャイル手法(さまざまな状況変化に対応しながら開発を進めていく手法)で改善していくことができたのです。その結果、いいも悪いも経験が蓄積し、ノウハウを得ていくことができました。一方、同じ地域、同じ年度の米、同じ発酵経過で同じようなデータなのに味が違うといったことが起こることもわかりました。“見える化”したからこそ、現時点で“できないこと”がわかったのです。でもそれも、データを丹念にとり、試行錯誤していくことによってその先へいくことができるのではないかと考えています。ありがたいことに、このようなモノづくりのスタイルが受け入れられて、日本酒全体の右肩下がりの状況とは反比例して獺祭の売上げは伸びています。海外市場でも受け入れられており、前年度の日本酒総輸出額241億円中、弊社は35億円を占めました。今年度はさらに伸長し、69億円を記録しています。

2022年、ニューヨークで醸造を開始する予定です。現地で育てられた山田錦、現地の水、そして日本からも社員が行きますが、現地の人も雇用して現地でつくるミックススタイルを想定しています。日本とはさまざまなことが違うので、また試行錯誤になるということから、我々の酒造りにとっては価値のある場所になることを確信しています。だからこそ、ブランド名を「獺祭Blue」と名付けています。「青は藍より出でて藍より青し」との言葉の通り、日本の獺祭を超えたものをつくってやるぞ、という気持ちを込めています。

旭酒造株式会社

代表取締役社長

桜井 一宏氏

https://www.asahishuzo.ne.jp

事業内容/酒類製造および販売、醤油製造及び販売、レストランの経営、前各号に付帯する一切の業務