《講演録》フォロワーと信頼関係を構築するSNSコミュニケーション術~シャープTwitter担当者が大切にする観点~
2021年11月29日(月)開催
【事業推進セミナー】
Twitterコミュニケーション術/シャープさん流
山本 隆博氏(シャープマーケティングジャパン株式会社デジタルマーケティング部)
企業がPRや宣伝のためにSNSを使うことが当然となった現代は、「伝えたい相手に伝わらない時代」でもある。情報があふれる時代にあって、企業は顧客といかにコミュニケーションを取るべきか。大手企業のTwitterアカウントを10年以上にわたって一人で運営し続けている山本氏が、自身の経験をもとに等身大の言葉で顧客と関係性を築く方法について語った。
◉SNSに「企業が入り込む余地はない」
SNSで何かを発信すれば、製品や会社の存在を知ってもらえると思ったり、ツイートすれば売れると考えたりする人がいますが、最初にお伝えしたいのは、Twitterは「企業にとっての魔法」ではないということです。SNSの主役はあくまで個人。CMなど、多くの広告はお金を払う企業の側が主役といえますが、SNSはその真逆だと考えています。
各種のSNSにはそれぞれ違いがあるとは言え、ユーザーの人たちは、主に友達や家族とおしゃべりしたり、自分と同じ趣味や価値観を持っている人を探したりしています。そのようにしてさまざまなアカウントをフォローしたり、フォロワーを増やしたりしていくことで、SNSは「自分の好きなものに囲まれた場所」になっていきます。つまり自分の「好き」の集積場を作り上げるために、SNSを使っているのです。
そうした「一人ひとりの場所」であるSNSに、企業アカウントが入り込む余地はないと言っていいでしょう。友達や親戚がその企業に勤めているとか、その企業の製品を使っているとかであれば入り込む余地があるかもしれませんが、基本的にそうした「好き」の空間の中にとって、企業のSNSは「招かれざる存在」。とりあえず始めてみれば何かが起きる、というものではないのです。
◉広告が「伝わらない」理由
スマートフォンが普及し、もはや私たちはどこにいてもスマホが手放せなくなりました。またコロナ禍によって、ネットやSNSにおける企業の立ち位置はますますシビアになり、お金をかけても伝わらないという厳しい時代になってきています。
メディアの存在意義自体が揺らぎ、大手新聞紙は大きく部数を減らしていますし、若者のテレビ離れは言うまでもありません。では、Web広告に期待できるかといえばそうではなく、プラットフォーマー各社はWeb広告をユーザーの利便性を削ぐものだと認識し始めている。信頼性を失いつつあると思いますし、私自身の実感としても、広告は「伝わらない時代」になっていると感じます。
そもそも、Web上の情報量は人間の脳の処理能力をとっくに超えています。2005年にFacebookとYouTubeが使われるようになり、SNSを使って自分自身についての情報発信をする人が増え、ネット上の情報量は一気に増えました。
2011年におけるネット上の情報量は1.8ゼタバイト。1ゼタバイトが世界中の砂浜の砂つぶの総量と同じといわれているので、想像を絶する情報量です。私がツイートしたとしても、それは数十粒ほどの砂をまいたようなもので、それを世界の人が見つけ出してくれる可能性はかなり低いのです。
膨大な情報にあふれた社会の中で、企業が動画を企画・制作・公開してもそれだけで世界の人が観てくれるわけがありません。プラットフォーム側は広告を1回でも多く流すようにしようとしますが、それは同時に「ウザさ」を世の中に蓄積していくことでもあります。現代は企業の言い分が伝わらない時代なのです。
◉伝わらない時代にどう伝えるか
ただ、発想を変えれば「ピンチはフェア(公平)」とも言えます。私自身、かつては多大な広告費を使って自社製品を広告してきましたが、こうした状況下では、莫大な広告費をかけられる企業もそうではない企業も横一線の状況にあると思います。アイデアや根気さえあれば、大企業と互角以上の戦いができる時代と言うこともでき、自由で開かれた状況と捉えることもできるでしょう。
私自身これまで広告に関する仕事を続ける中で、「広告費をかけても売れない」という現実に絶望を味わったことがあります。と同時に、そのことに対する問題意識もあったのでSNSを始めました。
試行錯誤しながらSNSを運用する中で、あるポイントを見つけました。それは、現代のSNSにおいては「誰が言うか」「誰から伝わるか」がすべてだということです。
「誰」とは、友人・知人あるいは自分と趣味の合う人、”推し”の人などです。伝わらない時代にあっても、「この人が言うと伝わる」ということがあります。単にニュース記事や広告が流れてきても誰も見向きもしませんが、フォローしている友人・知人・好きな人がシェアしていれば見る。
だから企業も、その「誰か」になるべきだろうと考えました。友達にはなれなくてもせめて知人くらいにはなれるだろうという発想から生まれたのが、SHARP公式アカウントの通称「シャープさん」です。
「シャープさん」は、時には友人の会話に溶け込んだりタイムリーな話題を提供したり、経済的な便益もあったり、困ったときには頼りになります。私たちの普段の生活に置き換えれば、こうした日々の積み重ねが「あいつは友達だな」と思える根拠になる。どこまで企業アカウントがそうした存在になれるかが、伝わらない時代において伝えるためのポイントだと思います。
◉企業のTwitter担当者のコミュニケーション
こうした関係を築くには、企業アカウントが「勇気」を出すしかないと思います。
2018年、大阪で大きな地震がありました。その時、緊急停止した電車の中で「個人的な経験から申しますと、運転再開はお昼過ぎまでないと思います」という内容のアナウンスをした車掌さんがいました。SNS上では、このアナウンスが絶賛されました。
私の想像ですが、この車掌さんはおそらく社内ルールを逸脱しており、会社から厳しく注意を受けたはずです。それでも、職業的使命感から「伝えるべき」と勇気を持ってアナウンスしたのだと思います。こうした個人的な勇気が、多くの人の共感につながりました。このニュースを知って、私はこうツイートしました。
「長らく公式アカをやってきた個人的経験から申しますと、なんらかの問題や困難に直面した時、組織と職場での『まともなふるまい』はしばしば矛盾します。大きな組織では特に。内向きのまともと外向きのまともが、せめぎあう」。
「その矛盾に引き裂かれながら、それでも世間と向き合って、時に勇気を出さなければいけないのが、ツイッター担当者だったり、サポートの人だったり、現場の営業担当だったりと、私は思います」。
◉広告が信用されない時代における「信頼」とは
SNSアカウントを持つ、発信するということは、世間に対して会社を「開く」ということです。当然、苦情や思ってもいないような意見が来たりすることもあります。どちらが正しいかの選択を迫られることが大なり小なりありますが、そのときに会社側ではなくお客さま側で発言できるかどうかが、その企業がユーザーであり生活者の方々の「友達」になるための第一歩だと思います。
お客さまと同じ立場になるには、自分が今の立場から離れなければなりません。言い換えれば、会社という組織からはみ出すということです。私はこれを「社員を半分辞める」と呼んでいます。それによってお客さんとの距離は縮まるし、同時にその企業を外から見ることができます。
そうした態度にお客さまが親近感を持ってくださるのは自然なことです。広告が信用されない時代だからこそ、客観的な見方が信頼につながります。ただしそれには勇気がいる。しかしその勇気ある振る舞いこそが「この人は友達だ」と感じてもらえる第一歩になるのです。
◉企業に親近感を持ってもらうカギは「等身大」
かつては「マーケティングがうまい」が企業の格好よさになっていましたが、今はそれらが逆効果になりつつあって、「企業が何かを仕掛けている」ということがとても嫌悪されます。
うまいマーケティングをしようとするよりも、その企業の奥に「いい人がいる」と率直に思ってもらえるような言葉が、今は力を持っているように感じます。「共感を得ることが大切」といわれますが、共感してもらうにはこちら側も感情を差し出さないといけない。
それはとても勇気がいることですが、等身大の言葉を発信するからこそ、企業のメッセージに「体温」が加わります。これを毎日続ける中に、少しずつファンがついてくるのではないでしょうか。
SNSをマーケティングに結びつけること自体が私は少し間違っているのではないかと感じますが、これからは「誰が言うか」「誰から伝わるか」「誰から買うか」という流れがますます加速していくでしょう。
そこに特効薬はありません。むしろ、農業のように種をまいて1〜2年のスパンでお客さんの様子を見ながら等身大のコミュニケーションをしていくことに、企業SNSの本質があると思います。
(文/安藤智郎)
山本 隆博氏(シャープマーケティングジャパン株式会社デジタルマーケティング部)
フォロワー82万を超える、シャープ公式Twitterの運営者。10年以上一人でTwitter運営を担当している。自社製品についてツイートしつつ、ユーザーとの交流を積極的に行うことで企業と顧客との新たなコミュニケーションのかたちをつくり出している。