老舗メーカーが手がける数学の世界を伝えるオブジェ
今年8月、八尾市内の幼稚園で行われた体験型イベントで2本のペットボトルを使った砂時計づくりを企画した。計量カップ擦り切り分の砂をペットボトルに移し、2本の口をつないでさかさまにすると、1分間で砂が落ちる仕組みだ。
時計の秒針とにらめっこしながらワクワクした様子で1分を待つ園児たち。砂が落ちる様子を見て「きれい」と歓声が上がった。「量と時間のかかわりを感じてもらい、小学校に上がってから算数にも興味をもってもらえれば」と加藤氏は狙いを語る。
創業者は、「今後の日本の発展には算数・物理教育がますます重要になってくる」と数学教育の研究者をしていた伯父の強い勧めで、昭和2年に教材・教具の製造を始めた。算数・数学の授業で使う大型の定規や分度器、計算尺のほか、理科の授業で使う体積計、温度・湿度計、気圧計、さらにはピタゴラスの定理や図形の面積の求め方を目で見て理解できるように開発した立体状の説明器など製品群は多岐にわたる。
近年は少子化で市場が縮小し、異業種からの参入で競争も激化しつつある。教具・教材製造のみでは収益を上げ続けられないと判断し、教具・教材で培った技術を生かした加工品の受託生産にも着手。
だが、苦労を肌身で感じていた創業者が何度も口にしていた「足下を固めつつ、先を見る」。その教えを守り、先代は決して教具・教材をおろそかにすることなく、教育現場で「より扱いやすいもの」を開発し続けてきた。
加藤氏は5年前、設計技術者として働いていた建設会社を退職し、3代目の社長に就いた。事業の展開に思いをめぐらせる中で、理数系の教育に対するニーズの変化を肌で感じていた。求めているのは「幼いころから自然と算数や理科になじめる環境を与えてあげたい」という親心だ。
その発想から生まれた取り組みが冒頭の砂時計。さらに、直方体を3つの四角錐に展開できる立体説明器にデザイン性を加えたオブジェの開発も進める。新事業のアドバイスをくれるのは元小学校の教諭やプロダクトデザイナーといった外部の協力者だ。
「当社には創業から90年築き上げてきたブランドストーリーがある。数学・物理の原理・原則は変わらないが社会の変化に合わせて切り口を変えれば面白いことができる」と加藤氏。
100年を見据え、「足下を固めつつ先を見据え」ながら、新しい価値を提供できるようにチャレンジを続けていく。
(取材・文/山口裕史 写真/福永浩二)