わし、耳遠いねんけど 削る音はよう聞こえるねん
指紋が加工面に付くだけで精度が狂う真空装置。部品づくりには1000分の1ミリ単位の精密さが要求される。若手から“神の手”を持つと尊敬される旋盤職人の林さんは、同時に“神の耳”をも持つ真空装置づくりのエキスパート。
「年とって耳遠なったけどな、不思議と削る音はよう聞こえるねん」。
切削音の僅かな違いで異常を察知し、旋盤の回転数と刃物の送り速度を微細に調整しながら、ミクロン単位の加工を一発で決める。
「時間かけたら誰でも削れる。精度と美しさを高いレベルで満たしながら、はよう仕上げる。これがプロや」。若手職人の片橋さんは「林さんはガリガリ削っていくけど、狙った精度でピタリと止める。僕には怖くてできひん」。
今年69歳になる林さんは14歳でものづくりの世界に入り、現場ひと筋半世紀以上。「丁稚時代は機械を触れるようになるまで3年。ボロカスに怒鳴られながら技術を磨いていった」と振り返る。
誠南工業には25年前に入り、顧客の仕様に合わせた一品ものの装置づくりに魅了された。「毎回つくるもんが違うから、どないして削ったろかと頭使う。試行錯誤できるのが醍醐味やね」。
そんな林さんは後進の指導にも力を入れるが、「怒った姿を見たことがない」と周囲は口をそろえる。しかし自分には厳しい。「いまも勉強中やから」。
心優しきゴッドマスターは、おごることなく職人道を突き進む。
▲親子以上に年の離れた若手の旋盤職人・片橋さん(写真右)との昼食。
▲シャフトを削る際、振動するのを手で押さえる。強くにぎると巻き込まれる危険な作業だ。
▲加工物の素材に応じて、職人が自分の好みのバイト(刃物)を自作する。
▲「わしの手、やわらかいしゴツゴツしてないやろ。職人らしい手してないねん」。
(取材・文/高橋武男 写真/福永浩二)