演劇に救われた人生、今度は自分が舞台の魅力を届けたい
「社長になってお金儲けがしたい」。
裕福でない家庭に生まれ、小学校の卒業文集にそう書いた。
高校卒業後、家電量販店に就職したのは歳の離れた兄の影響。「パソコンを覚えれば食いっぱぐれがない。小学生時代に兄に言われたのを覚えていたんです」。福井氏はそう述懐する。
家電量販店で6年半勤めたのち、2000年に24歳で開業。前職で得た知識を使い、パソコンの販売と保守サポート業務を個人事業で始めた。
1年後に詐欺に遭い頭を打たれる経験もしたが、粗利で800万円ほど稼げるように。小学生時代に思い描いた社長業が板についてきた矢先、世界経済が揺れた。
2008年、リーマンショック。取引先の業績が軒並み悪化し、売掛金の一部が回収不能に。保守サポート業務の契約も次々と打ち切られた。
「このままでは共倒れする。状況を打開したい」。
チラシ配布やプロモーションなどできることはやり尽くしたが、状況に進展はなし。
残ったのは、2009年2月末に期日を迎える170万円の支払い。万策尽き、支払い不能に陥った。
「廃業し、いっそ、生きるのを……」。
自信を持っていたビジネスで結果が出ず、思い詰めていた同氏を、劇団員の友人が演劇に誘う。「それが2月26日。翌27日に演劇を観て人生が変わりました」。
舞台に立つ友人はまるで別人で、映画やテレビでは得られない空気感がそこに在った。
演劇の魔力にとりつかれ、「もっと観たい!」と気持ちが昂る。同時に、「廃業している場合ではない」と勇気が湧いてきた。
「そこで支払期日の2月28日に取引先に訪問し、支払いを1週間延ばしてもらったんです」。
進行中案件の売上げの前払い交渉も行い、命をつないだ。
以降は事業の立て直しを図るとともに、毎年300ほどの演劇を観る日々が続く。「次第に公演収入の厳しい現実、食べられずに引退していく役者さんの実情など、演劇の課題が見えてきた」と振り返る。
演劇には、人生を変える力がある。
「私は演劇に救われた。今度は自分が演劇界の課題を解決し、舞台の素晴らしさを一人でも多くの人に届けたい」。
この一心で、演劇に特化したオンライン映像配信サービス『観劇三昧』を2013年8月にリリース。翌5月にネクステージを設立し、個人事業で続けていたパソコン保守サービスは縮小した。
観劇三昧は、映像を提供する劇団に利益の一部を還元するしくみ。劇団は公演以外の収入を得て、より良い作品づくりにつなげられる。「当社と劇団がともに広報・宣伝に取り組み、ともに成長することで演劇界を盛り上げたい」と意欲を語る。
「演劇は生で見るのが一番。でもITの力で演劇に触れる間口を広げることはできる」。演劇に興味を持ち、劇場に足を運ぶ人に向けて、スマホがチケットになる「演劇パス」もリリース。演劇ファンにグッズを販売する実店舗もオープンした。
「私はあくまで観客。観客の視点でサービスの質をさらに向上していきたい」。
劇団と観客をつなぐ舞台が整いつつある。
▲代表取締役 福井 学氏
(取材・文/高橋武男 写真/福永浩二)