家業を再定義、勝てる土俵で勝負する
自らを「ベンチャー型事業承継」と呼ぶ村井氏。「代々続いてきた会社の資源をうまく利用しながら、家業をリミックス(再定義)し、勝てる土俵を見つけて勝負するのは小さくて古い会社にこそチャンスがある」と言い切る。
中学時代は苦手なサッカーから卓球に転じて頭角を現し、学生時代はクラブDJで生計を立てた後、就職したITベンチャー企業では死に物狂いで働いた。
辞めてひと息ついたころ、父親から「うちなら仕事があるぞ」と声をかけられた。古長屋で自動車部品卸を営む家業には魅力を感じなかった。継ぐ気は毛頭なかったが「最後の逃げ場があったからこそ自由に生きてこられたのかもしれない」と気づいていた。
斜陽化が進む業界の中で売上げは減少していたが財務状況を調べてみると借金なしの健全経営。「父がベンチャーキャピタルに見えた(笑)」
村井氏はITベンチャーで経験したノウハウをバイク、自転車の部品流通に応用できないかと考えた。かつて卓球に転じて勝てる土俵の存在を知り、DJ時代には楽曲をリミックスすると新たな音が生まれることを体感したように、家業をベースに新たなビジネスを着想したのだ。
それまで「父とはほとんど会話することがなかった」村井氏にスイッチが入る。日中は家業で成果を出し、夜や休日は新ビジネスの準備に明け暮れる毎日。次第に古参社員からも一目置かれるようになり、「息子の仕事ぶりを認めたタイミングを見計らって(笑)」事業のアイデアを父に話した。
2005年に村井氏が代表を務める自動車部品流通のカタログ販売「カスタムジャパン」を創業。それでいて、国内、海外の仕入先の開拓は先代が長年培ってきたネットワークを最大限に活用。気がつけば業界トップシェアを占めるまでに成長し、その後、家業の「日本モーターパーツ」も承継した。
守りの経営の父に対し、攻めるタイプの村井氏。会社が成長し、家業の形が変革していくなかで父との関係もギクシャクすることもあった。腹に思いはあっても、会社では尊敬する先代として接し、納得いくまで何度も何度も家業の将来について語り合った。
「事業承継はいくつかの人格を持って使い分けることがコツ」。
自分と会社の強みをどう活かし、家業をどう成長させるのか。先代の営みに感謝する人格、家業を冷静かつ正直に俯瞰する人格、そして持続可能な会社として生き残るために挑戦を恐れない人格だ。
誌面では紹介しきれなかったロングインタビューはコチラ
→「ベンチャー型事業承継」は古くて小さな会社にこそ商機あり
(取材・文/山口裕史 写真/福永浩二)
株式会社カスタムジャパン
代表取締役
村井 基輝氏
事業内容/2005年創業。バイク・自転車・自動車パーツと整備工具のカタログ・ネット販売を手掛ける。家業の株式会社日本モーターパーツの3代目も継承した。