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技術の変化を見逃さない、順調なうちに次の一手を

2015.04.09

morisawa1
時代に合わせてビジネスモデルを変革

モリサワの創業者である森澤信夫氏が「写真植字機」を開発したのは1924(大正13)年。それまでは鉛でできた文字の「ハンコ」を並べ、凸面にインクをつけて印刷する活版印刷が主流だったが、写真植字は写真で文字を読み取り、版をつくる。文字の大きさを自由に変更できるなど、まだワープロがない時代に画期的な発明だった。

世界ではじめて写真植字機を発明した創業者森澤信夫氏。

世界ではじめて写真植字機を発明した創業者森澤信夫氏。

以来90年以上にわたり、“文字”とともに歩んできた同社のターニングポイントは1980年に英国の電算写植機メーカー、ライノタイプ社との合弁会社を設立したことだ。

電算写植機「ライノトロン202E」。3年後に国内100号機を納品するヒット商品となった。

電算写植機「ライノトロン202E」。3年後に国内100号機を納品するヒット商品となった。

さらに1987年には米国アドビ社と提携し、パソコン一台で印刷物の出力処理までできるDTP(デスクトップパブリッシング)にいち早く注力する。「当社は、強い商品力一つで生き残ってきた会社ではありません。時代のニーズに合わせてビジネスモデルを変革してきたことで、生き残ってきた会社です」と森澤彰彦社長。

ニーズが顕在化する前に、動く

当時は黎明期にあったDTP。「あんなものはおもちゃだ」と当時全盛だった電算写植機のオペレータから取り合って貰えなかったことも多かったという。しかし、パソコン一台で文字と画像を一つの画面で扱うことができたのは画期的だった。「不安になることもありましたが、この技術がいずれ業界のスタンダードになると信じていました」と、森澤氏自ら地道な営業を続けた。

祖父である創業社長と37歳まで一緒に仕事をし、その中で多くのことを学んでいた。
「今ある技術を追いかけて、他社の10倍のクオリティを身に付けたとしても、10倍の利益にはつながらない」。創業者が開発した手動式写植機の技術を葬り去り、新しい技術へのシフトを決断したことが今の礎となっている。

日本語の文字が全て四角いことに気づき、発明に至った最初の試作機。

日本語の文字が全て四角いことに気づき、発明に至った最初の試作機。

「文字」を扱う会社から「文字のもつ情報」を扱う会社へ

現在はフォント事業をベースに、新規事業に取り組む。電子メディアの台頭で紙媒体のシェアが押されつつある中、雑誌や本などのデータを電子メディア用に変換するアプリを開発した。また、2014年には韓国と台湾、アメリカに現地法人を立ち上げ、日本語以外の言語にも本格的に注力。日本語のパンフレットをスマホで読み取ると自動翻訳サーバーと連動し、各国の言語に翻訳される。

メッセージの内容や伝えたい相手、媒体にあわせて豊富な書体を提供できることが強み。

メッセージの内容や伝えたい相手、媒体にあわせて豊富な書体を提供できることが強み。

時代の流れを読み、一歩先んじた決断で時代に適応してきた同社。「文字をつくる会社」から「文字情報を支える会社」に変革を遂げ、さらなる進化をめざす。

情報伝達のみならず、デザインの役割も担う文字。同社が提供するフォントは約1000種類。

情報伝達のみならず、デザインの役割も担う文字。同社が提供するフォントは約1000種類。

(取材・文/北浦あかね)

株式会社モリサワ

代表取締役社長

森澤 彰彦氏

http://www.morisawa.co.jp/

事業内容/デジタルフォント(書体)の開発・販売を行うフォント事業、組版をはじめとしたソフトウェアの開発を行うソフトウェア事業、印刷機材および情報通信システムの販売を行うソリューション事業の3部門で事業を展開する。