商品開発/新事業

《講演録》挑戦し続けるG-SHOCKの製品開発

2023.05.17

2022年11月14日(月) 開催
【事業推進セミナー】
《講演録》挑戦し続けるG-SHOCKの製品開発
齊藤 慎司氏(カシオ計算機株式会社 技術本部 企画開発統轄部 企画部長 兼 チーフプロデューサー)

世界累計出荷個数1億4,000万個を達成し、今やグローバルブランドとしての確固たる地位を築いたG-SHOCK。しかしその道のりは平坦では無く、1990年代の大ブーム以降、人気が低迷した時期もあった。そうした逆境の中でも「常に新しいことに挑戦する」という情熱を忘れずに商品企画を続けてきたというカシオ計算機株式会社の齊藤慎司氏に、G-SHOCKブランドをいかに築き上げたのか語ってもらった。

 
G-SHOCKの企画担当者として

1998年にカシオ計算機に入社し、企画一筋で24年目になります。私の入社当時はまさにG-SHOCKブームの真っ最中で、私も3年目ほどでBABY-Gの企画に携わりました。ところがその後ブームが急速に収束し、カシオ計算機は赤字に転落。BABY-Gの部署自体も解散ということになってしまいました。

その後、私は2007年からG-SHOCKの企画を任され、約10年に渡り1,000モデルほど企画してきました。

 
耐衝撃腕時計の誕生秘話

G-SHOCKは「ABSOLUTE TOUGHNESS」をブランドコンセプトにしています。もともと開発のきっかけは、エンジニアの一人が「落としても壊れない丈夫な時計をつくりたい」と考えたことにありました。当初めざしたテーマは「トリプル10」で、10mの高さから落としても壊れない、10気圧の耐水性、10年寿命というものでした。

しかし当時の腕時計は金属製のケースが当たり前で、重さがあるため、壊れなくしようとすればソフトボール大の大きさが必要でした。そこで柔らかい素材と硬い材質のフレームを組み合わせ、5層であらゆる方向からの衝撃を和らげる構造を完成させました。

それでも、腕時計の心臓部であるモジュールに衝撃が伝わって壊れてしまう問題が残りました。エンジニアが試行錯誤を続けていたある日、研究開発センターの隣にある公園で、ゴムまりで遊ぶ子どもたちがいたそうです。その様子を眺めていたエンジニアの頭に、「ゴムまりの中にモジュールが浮いている状態をつくる」という発想が浮かびました。その発想を実現させたのが、モジュールをいくつかの小さな点で支えてフレームとの周囲にわずかな空間を設ける「中空構造」というアイデアでした。

こうして1983年に発売されたのが耐衝撃腕時計「G-SHOCK DW-5000C」で、90年代前半には非常に大きなブームになりました。

 
低迷期からの脱出と復活

しかし先述のように、その後数年で急速にブームが終焉し、私も担当にはなったものの、当時はG-SHOCKを着けている自分が「なんとなく恥ずかしい」と感じてしまうことさえありました。そのことを自覚した時、「G-SHOCKはもっとインパクトのある時計なはず。このブランドをなんとか復活させたい」と強く感じました。

私はモータースポーツをコンセプトにした「EDIFICE(エディフィス)」という時計ブランドも担当しており、海外を視野に入れた商品企画を多く手掛けていました。そのころのG-SHOCKは主に国内市場に目を向けており、時計自体も小型化していく傾向にあったのですが、海外の若者向けの商品として、「デカい」「強そう」なイメージに原点回帰しようと考えました。

加えて、デジタル表示だけではなく針表示もラインナップに加え、サイズだけではなくビビッドなカラーパターンも加えてインパクトを与えることに注力しました。それと同時期に、プロモーションではG-SHOCKの本質である「タフネス」を打ち出したブランドコンセプトショップの設立やファンイベントなどがグローバルに展開されました。

こうした取り組みの結果、おかげさまで私が担当した2007年当初と比べ、現在では約5倍の出荷個数となり、2017年には累計出荷個数1億個を達成しました。2022年3月末時点では1億4,000万個となっています。

 
挑戦を続ける製品開発

現在もG-SHOCKは挑戦を続けています。その企画開発においては「タフネス開発」と「CMF開発」を融合させることに重点を置いています。
(※CMF・・・COLOR(色)、MATERIAL(素材)、FINISHING(加工)の略)

新しい見え方をする時計、若い人たちにかっこいいと思ってもらえる時計を開発しようとすると、ファッショントレンドを追いかけがちになります。けれども、トレンドが移り変わるスピードは、時計の技術開発スピードよりも圧倒的に速い。CMFだけにフォーカスしてトレンドを追いかけようとするのではなく、自分たちでしか作れない技術を追求し、新たなモデルを開発する——それはつまりG-SHOCKにおいては「タフネス」を追求することであり、その二つの側面をうまく融合させることで、独自のトレンドを創り出すことができると考えています。

たとえばタフネス開発の例として、「MASTER OF G」の中で「FROGMAN(フロッグマン)」というシリーズの開発が挙げられます。これは、水難救助隊の方々から「水深と潜水時間が測れる時計がほしい」という要望を受けて開発したものでした。当時弊社にはプロの要求水準を満たす水深センサーはありませんでしたが、東日本大震災の後というタイミングでもあり、彼らの役に立てるものを作りたいという思いで、「最強のダイバーズウォッチをつくろう」というプロジェクトをスタートさせました。

開発に当たっては、水難救助隊の方々の要望するスペックがどのようなシチュエーションで必要になるのかを理解するため、開発メンバーも潜水士の免許を取得するところから始めました。水難救助の現場における要求水準をしっかりと理解した上で、ヒアリングを重ね、最大水深を記録できるログメモリ機能や方位計、温度計、水中グローブやウェットスーツの上からでも巻きやすい長いバンドなども実現させていきました。こうして生まれた「FROGMAN」はプロ仕様として、救助隊の方だけでなく多くの方にご愛用いただいています。

 
新しい価値を生み出す開発環境

CMF開発においても前例にとらわれない色や素材、加工の挑戦を続けていますが、弊社では特に「組織的に技術開発を進める」ことを重要視しています。その仕組みとして、デザイン目線で新たな商品を提案する「先行デザイン」と、開発目線で新しい技術・素材を提案する「新技術委員会」が半期に1度社内でそれぞれ発表の場を持っています。一般的に、多くの企業では企画やマーケティング部門が主体となって新商品開発を進めますが、「先行デザイン」はデザイナーが、「新技術委員会」では協力メーカーを含む技術者が、それぞれ主体となって新商品の企画を提案しています。

この仕組みのメリットは、商品に関わる全員が「企画的な考え方」を持つようになることです。技術開発者やデザイナーは上から降りてきた仕事をこなすだけ、という仕組みでは良いものづくりはできません。協力メーカーも含め、全員が「こんな商品がいいのでは」という考えで仕事をすることが、良い商品企画につながるはずだと考えています。

実際にこの仕組みにしたことで、新商品に新技術を採用する件数が増えました。商品に関わる一人ひとりがコスト意識を持つことにもつながり、コストとのバランスが取れたかたちで新しい価値を生み出す環境が構築されています。

 
新たな価値観に触れ続けるチャレンジを

時代はモノからコトへ移っています。G-SHOCKも、愛用してくださっているロイヤルファンの囲い込みにつながる施策を、「CASIO ID」などの取り組みを通じて展開しています。そうした中で、私自身がG-SHOCKの企画開発に長く携わって感じることは「人の価値観を理解する」ことの大切さです。

商品企画に携わる人間は、いろいろな経験をすることが重要だと思います。多様なジャンルの人と日々出会うことで、それぞれのマーケットの価値を自分の体験として理解することができるからです。一方で、技術開発に携わる人には、自社の強みを再認識し、どうすればそれを他に転用できるかを考えてみていただきたいと思います。コストを踏まえた価値創造が技術者のほうから発信できれば、これに勝るものはないと感じます。

いずれにせよ、仕事の幅を広げるためには、自分自身が進化していくことが大切だと思いますし、常に何かに楽しくチャレンジしていくことで、まだ見ぬ世界の新たな価値観に触れることができるはずです。そうしたチャレンジ精神を、私自身も日々の仕事の中でこれからも持ち続けていきたいと思います。

(文/安藤智郎)

 
齊藤 慎司氏(カシオ計算機株式会社 技術本部 企画開発統轄部 企画部長 兼 チーフプロデューサー)
腕時計ブランド「BABY-G」や「EDIFICE」を経て、2007年から「G-SHOCK」の商品企画を担当。2021年からはカシオ計算機の全時計ブランドの企画・開発を指揮している。

カシオ計算機株式会社

技術本部 企画開発統轄部 企画部長 兼 チーフプロデューサー

齊藤 慎司氏

https://www.casio.co.jp/