自動車から宇宙まで、広がる「黒」の可能性
ステンレス合金を黒く見せるアベルの電解発色技術は特別だ。色を付ける一般的な手法であるメッキや塗装では表面上に新たに色を乗せるのに対し、同社の技術はステンレス合金表面に存在する酸化被膜を電気と薬品の力によって均一の厚みに成長させる。それによって光の干渉度合いが変わり黒く見えるようになるのだ。ステンレス合金そのものであるため、打ち抜いても、曲げても、ひねっても色が剥がれず、年月が経って色あせることもない。何より特筆すべきは黒の美しさを生かす加工も可能なことだ。被膜の厚みは0.4ミクロンと極薄のため、ステンレスの素材の光沢をそのまま映し出すだけでなく、ステンレス表面のデザインを施すとその微妙な陰影を黒で引き立たせることができるのだ。
ステンレスの表面処理加工を行う同社に、大手鉄鋼メーカーから電解発色技術の共同開発を持ち掛けられたのが1985年のこと。2000年には0.1㎜の薄い箔、2013年にはコイル材向けを開発し、様々な用途に広げてきた。
さらに2017年にはトヨタの高級車、レクサスのウインドーモール(窓枠)に採用されたことで「アベルブラック」の名は一気に知られることとなる。「前側、後ろ側のモールで違う工法を使っているため同じ黒に合わせるのに大きな苦労を伴い、社長は何度か断ったそうですが、先方のデザイナーがどうしてもとのことで完成にこぎつけたようです」と宮西氏。
「アベルブラック」の意匠性が自動車向けのほか、ラグジュアリーホテル・ハイエンド複合商業施設等の建築部材向けにも生かされている。また、機能性の用途が光学部品向けでも広がっている。例えば、カメラのレンズ回りに光の反射を抑える役割を持つ鏡筒の素材として採用されているのもその一つ。黒色そのものが持つ反射防止性に加え、あらかじめステンレス表面を粗く加工しておくことでより反射を押さえ光反射率を1%以下にまで低くしたことが評価された。さらに現在は、高い熱吸収・放射性を活かして宇宙分野への進出も視野に入れている。
「今後は、建材や家電を中心にすでに一部輸出が始まっている海外市場の開拓にも力を入れていきたい」と谷口氏。2023年夏には本社工場の隣接地に第2工場も完成する予定で、「アベルブラック」のさらなる飛躍が期待される。
(取材・文/山口裕史)