先代不在の空気を変えた“一人朝礼”のすごみ
コミニケ出版が発行する雑誌「月刊朝礼」。ページをめくると、社員同士のコミュニケーションを促す話題が1日1話形式で紹介されている。
経済紙記者から独立した下井氏の祖父が「会社の成長には社員教育が欠かせない」と1984年に創刊して以来、今も根強い“愛読社”に支えられている。
下井氏は小学校3年生の時に父を亡くした。祖父は遺された3きょうだいの孫のうち長男の下井氏に跡継ぎの期待をかけ、可愛がった。だが、ほどなく他界。バトンをつないだ祖母との折り合いが悪かった下井氏は高校を卒業後、料理の世界に飛び込んだ。
10年で料理長まで任され、独立を考えていた矢先、祖母が病に倒れた。それまで「あんたには任せられん」と歯牙にもかけなかった下井氏に、息を引き取る直前、「継いでくれへんか」と声を振り絞った。
戸惑いながらも祖父の遺影と向き合ううちに気持ちは晴れた。
料理の世界しか知らない31歳の下井氏に、ベテラン社員がかけたひとことは「じゃまだけはせんといてな」。4人の従業員はだれもいうことを聞かない。
疎外感を味わいながら下井氏はふと「朝礼の雑誌を発行している会社なのに朝礼がない」ことに気づいた。祖父が亡くなって以降、朝礼は途絶えたと知った。
5人がいる部屋で、「おはようございます」のあいさつの後、「月刊朝礼」を読む朝礼が始まった。一人ぼっちの朝礼が1週間続いた。
ようやく1人、しばらくしてもう1人が加わり、最後まで抗った1人は会社を去った。輪番で読み、感想を述べるようにした。言葉に出すことで気づきが生まれ、行動が変わり始めた。
部数が減りつつあった「月刊朝礼」を守るため、編集制作とWebの事業を立ち上げた。「社内報の制作やPRを通じてその会社の業績が上がればおのずと社員教育に使うお金も生まれる」。そんな循環をめざした。
家賃の支払いさえままならないどん底を見た後、業績は少しずつ浮上していった。
「先代不在の事業承継はまさに手探りだった」と下井氏。不安を埋めるべくMBAや経営塾に通い続けた。そしてことあるごとに「おじいちゃんやったらどうする?」と祖父の遺影に語りかけた。
今年4月には保育園事業を始めた。「小さい子どもを持つ社員に働きやすい環境を、そして地域に役立ちたい」との思いからだ。
従業員は23人に増えた。朝礼の最後には担当者の「今日もわが社は…」の呼びかけの後に「ついてる、ついてる」と皆で声を合わせる。
「運のいいところに人は集まってくる。それは先祖が積んできた徳のおかげ」と下井氏はしみじみ言う。
今年6月に長男が生まれた。「祖父が遺した月刊朝礼を、そして徳を、私が次の代に引き継ぐ番。祖父のおもいが詰まった会社だからこそ息子に継がせたい」と考えている。
(取材・文/山口裕史 写真/福永浩二)