受け継いだのは「好き」という無限大エネルギー。
「好きこそ物の上手なれ」ということわざがある。何事も好きなことなら自然に一生懸命にやるから上達も早いという意味だ。
事業承継にもこのことわざが当てはまることの証が、1996年創業の旅行業社、株式会社ジータックだ。
会長の原氏は日本最大規模の飛行機ファンクラブ「エアライナークラブ」の創設者でもある。
そのクラブに現社長の河村氏がやってきたのが約20年前。「飛行機に乗ったり、撮ったり、コレクションを集めたりでお金のかかるクラブなので社会人限定なのですが、あまりにも熱心だったので」と当時大学生だったが入会が許された。
30年以上の歴史をもつ同クラブは、数々のイベントを展開してきた。
関西国際空港が開港した1994年、伊丹空港最後の国際線フライトとなった伊丹発グアム行。復路は、関空に着陸する1番機というチャーター便をエアライナークラブで実現した。
このイベントに参加したカップルが機上で挙式するという夢のある企画は、当時マスコミにも大きく取り上げられた。
現在71歳の原氏は、60代半ばからジータックの事業承継を模索。他社との合併なども考えたが「出張など業務利用の良い顧客に恵まれているので、このまま存続させよう」と決意した。
河村氏は大手旅行会社を経て、2004年にジータックに入社。営業に添乗にと活躍しながら、同時にクラブライフにも情熱を燃やし事務局長に就任。その姿に、原氏は「後継者として太鼓判だ」と確信が持てたという。
「プライベートでも付き合う中で気心もわかっている。思うように、やりたい旅行会社にしていってほしい」。
2017年、しかるべき時間をかけた承継だったが「お金の問題や、事業の道筋の立て方など、壁が目の前に立ちふさがった感じでした」と河村氏。
その壁を突き破る契機となったのが大阪産業創造館が主催する「なにわあきんど塾」。経営ノウハウなどを貪欲に吸収中で、「雲の向こうに青空が見えました」と顔を輝かせる。
大阪府内の旅行業社は大小合わせて約800社。LCCの登場、航空券ネット購入の普及など業界は劇的に様変わりをしている。そのなかで生き抜くことは並大抵ではないが、この会社には大きな武器がある。限りない飛行機への愛と蓄積された知識・経験だ。
「飛行機に関するサービス資源はどこにも負けない自信があります。飛行機に備わった新しい設備をいち早くお教えしたり、同じ窓際でも眺めの美しい側を確保したり、『飛行機のことならここ』というブランド力をさらに高めていきます」と河村氏。
「クラブをつくって最高によかったですね。多少の軋轢が社内にあっても、オフの飛行機談義でモヤモヤはスカッと消えます」という原氏の言葉に、受け継がれていく強く温かい絆を感じた。
(取材・文/山蔭ヒラク 写真/福永浩二)