Bplatz press

「影響力を持つ人材を育てたい」 鯖に半生を捧げた社長の次なる挑戦

2026.08.10


~25周年特別連載~
Bplatz その後の物語 vol.03
SABAYA BASE サバ博士 右田 孝宣 氏

創刊25周年を迎えたBplatz press。本企画では、これまで誌面に登場いただいた企業の“その後”をあらためて訪ねる。掲載当時の挑戦は、その後どう発展し、どんな姿へと進化しているのか。企業の現在地から、これからの可能性を探る。

「会社を大きくするよりも、こいつらすごいなという世の中への影響力を持ちたい」。2012年、本誌に登場した「鯖や」の代表だった右田氏が語った言葉だ。会社設立から5年が経った当時、主力商品の「とろ鯖棒寿司」を武器に阪急百貨店への出店を果たすなど、順調に事業を伸ばしていた。

サバ博士 右田 孝宣 氏

翌2013年には「経営危機に陥り、預金残高が1万2,000円くらいまで減った」というが、そこからの起死回生の挑戦が同社の知名度を一気に高めることになる。鯖料理専門店「SABAR」の誕生だ。金融機関からの融資と、当時はまだ新しかったクラウドファンディングで何とか資金をつなぎ、2014年1月末に1号店をプレオープン。「倒産が目前に迫る中、『新規事業を必ず成功させないといけない』という大きなプレッシャーの中で生まれたのがSABARでした」と当時を振り返る。

鯖料理に特化した業態や、鯖と「38」を引っかけた独自の店づくりが話題を呼び、SABARと右田氏は一躍注目の的となった。「魚介の専門店といえばうなぎやカニなどの高級食材が一般的だった当時、鯖という大衆魚で勝負したことは、大きなインパクトがあったと思います。そこでさらに注目を集めるために『お客サバ』『お疲れサバです』などの掛け声を作ったり、客席を38席にしたり、閉店時間を『いいサバ』の語呂合わせで11時38分にしたり、真面目にふざけることに力を注いでいました」と右田氏。テレビや雑誌に幾度となく登場し人気を集めたSABARは、その後約20店舗へ拡大し、2016年にはシンガポールにも出店する。

着実に収益を拡大する一方で、重視していたのは利益の追求よりも文化の醸成だったという。「私たちが本当に求めていたのは『鯖の価値向上』です。だから当時は『鯖の市民権を確立したい』とか『鯖を世界共通言語に』とか、一見すると意味のわからないメッセージをたくさん発信していました(笑)。ただ、それだけ大きなポテンシャルを持った魚ということを知ってほしかったんです」。

知名度を高めた同社には、有名企業や自治体からも連携のオファーが届くようになる。2017年には福井県・小浜市と連携協定を結び、小浜の鯖料理の魅力発信や養殖技術の共同開発などに取り組む。さらに大手鉄道会社と連携し、新たなブランド鯖の開発もスタート。鯖の価値向上をめざす右田氏の取り組みは、順調に成果を上げているかに見えた。

そこに訪れたのが新型コロナウイルスの感染拡大。当時、24店舗を展開していたSABARも大半が閉店に追い込まれ、直営店はのれん分けや業務委託という形ですべて手放す結果となった。飲食事業が縮小を余儀なくされる中、右田氏が力を入れたのが以前から取り組んでいた養殖事業だった。2017年に鯖の養殖事業を手がけるフィッシュ・バイオテック株式会社を設立していた右田氏は2020年、研究飼育施設を和歌山県・串本町に開設。養殖に必要な種苗の生産拠点であるとともに、海面養殖の研究拠点として稼働を始める。

翌2021年には、豊中市のビル内で陸上養殖の研究を開始。専門的な知識や経験のない右田氏にとっては大きな挑戦だった。鯖の陸上養殖が実現すれば、日本の漁業や飲食業界にさまざまな恩恵が生まれる。地球温暖化による海水温の上昇や、赤潮・台風などの環境変化による生育不良を防ぐことができ、年々深刻になっている鯖の不漁を補うことができる。水温や水質の調整、餌やりを自動化すれば人材不足にも対処できる。さらに、アニサキスなど寄生虫の心配がなく、それまで少なかった鯖の生食が新たな食文化として広がるかもしれない。

この陸上養殖に大きな可能性を感じた右田氏は、その実現に向けて資金調達や企業との連携に奔走。ビジネスプランコンテストでの受賞や、実業家の前澤友作氏が立ち上げた「前澤ファンド」への採択など、経済界からの評価も高まり、事業化に弾みをつけた。しかし2023年末、右田氏は事業からの撤退を決意する。約6年間、すべてを注ぎ込んだ末の決断だった。「鯖の養殖は想像以上に困難で、技術面での課題は非常に大きいものでした。同時に鯖を生で食べる文化的な土壌をつくり、市場を生み出す必要もあります。これを両輪で回し続けるのは、私にとっては大きすぎる挑戦でした」と振り返る。

SABARの1号店オープンから12年を迎えた2025年末には、飲食事業の譲渡を発表。コロナ禍にフランチャイズオーナーとして関わった縁を持つ株式会社コズミックダイナーに事業のバトンを渡すこととなった。養殖事業と飲食事業を手放し、経営の第一線から少しずつ距離を置きつつある右田氏は、今後の構想を次のように語る。「創業から約20年、鯖一本で勝負して、すべてを鯖に捧げてきました。その中で、ずっと誰かに応援されて支えられてきました。メディアには2,800回以上も取り上げていただき、クラウドファンディングの支援者は2,050人になりました。小さな会社にも関わらず、数々の有名企業とコラボさせていただき、前澤さんのような著名な方も支援してくださいました。これほど多くの方々に支えられてきた以上、これからは支える側に回りたいですし、自分の経験を生かして社会に貢献したいと考えています」。

これまでの歩みを振り返り「経営者としての器に限界を感じた」と厳しい表情を見せる右田氏だが、鯖の地位向上と市場拡大に対する功績は大きい。20年前には珍しかった鯖を具材にしたおにぎりは今や日本中のコンビニで見かけるようになり、回転寿司チェーンでも定番のネタになっている。2018年にはサバ缶が大きなブームとなるなど鯖への注目度は一段と高まり、食品市場はもちろん、書籍などの関連市場にも波及効果をもたらした。鯖の市場拡大の背景には「鯖」そのもののブランド価値向上があり、右田氏の事業がその一翼を担ったといえるだろう。

コンサルティングなどを通して新たな挑戦者を育てる構想を描いている右田氏。「まずは5社。手の届く範囲でサポートしていきたいですね。私の影響力には限界があったので、本当に世の中を変えられる人を支援することに今後は力を注いでいきます」。

(取材・文/福希楽喜 写真/三原李恵)
※掲載写真は、編集部にて撮影したもの以外に、取材先企業からご提供いただいた写真も含まれています。

SABAYA BASE

サバ博士

右田 孝宣氏

事業内容/挑戦する経営者のブランドづくり・PR・事業成長支援