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【長編】常識に抗い、下請けの街からブランドを発信

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靴製造業者が集積する大阪・生野で父の工場に入った高本氏。量産品を安くつくる産地に染み付いた“しきたり”に抗い、「唯一無二」を求めて誕生したのが「リゲッタ」サンダルだ。コンフォートシューズでNo.1を獲得した今、高本氏はメイドイン生野のシューズをさらに広げていこうとしている。

>>> 靴とのかかわりは。

父が下請けで靴を製造する町工場を営んでいました。僕は受験勉強も就職活動もいやだったので、父のあとを2代目で継げるんやったらそのほうが楽やという思いで、専門学校を卒業後に入社しました。初めはだらだらやっていたのですが、1年もすると靴づくりってめっちゃ面白いやんという発見があって、あんな靴つくりたい、こんな靴つくりたいと思うようになっていきました。

靴ってどないしてできてるんやろとか、履きやすくするためにどないしてるんやろと考えるのが好きで、いつまででも靴を見続けることができました。父は僕をヨーロッパなどの外国にも結構行かせてくれました。こんな靴がはやっているんやとか、こんな靴が売れるんか、とずいぶん感性が刺激されました。それからケミカルシューズの日本一の産地である神戸・長田にも3年間修業に行ったんです。

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>>> どんな思いで靴づくりをしていたのでしょうか。

生野って日本で一番底辺にある靴の産地なんです。料理でたとえるなら、冷蔵庫に入っている素材が限られているし、料理人の腕も足りないし、台所の規模も限られている。だからなかなか面白いものをつくられへんのです。神戸・長田でつくって流行した3980円の商品を次の年に生野で1980円でつくる。だから生野は198(いちきゅっぱ)の町と呼ばれていました。

父は広島のマルヤマというメーカーから下請けの仕事をもらっていました。僕もデザインでがんばって注文をもらうことができました。これで何とか食べていけるのかなとは思っていました。でも噂では海外製品がどんどん入っきていて日本製の仕事がどんどんなくなっているとは聞いていて。でも井の中の蛙で、周りが見えないから、なんやかんや言うても、仕事はずっともらえるんやと思い込んでいました。自分でひと旗あげたいと思ったこともありましたけど、町工場に生まれたし、勉強もろくにしていないし、安定を取るなら今のままでいいかな、と。

でもちょうどいいときに神様が頭をたたいてくれるもんで。広島のメーカーが生産をすべて中国に切り替えると言ってきたんです。それは3億円ほどあった売上げがゼロになることを意味していました。結婚する直前のことで25歳のときのことです。そのときはさすがに腹をくくりました。

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次ページ >>> 仕事がゼロになる。悩んだ末に出した結論。

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2014年09月09日
株式会社 RegettaCanoe(リゲッタカヌー)
代表取締役社長  
高本 泰朗(やすお)氏

シューズ・サンダルの卸と小売(国内・海外)。

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