子どもの絵が生み出したドライバーの笑顔と安全な社会
「娘が5歳のとき、父の日に描いてくれた絵なんです」。
はにかみながら説明してくれるドライバー・尾本さんの目線の先にあるのは、自身が運転する14トントラック。その背面に、娘さんの可愛い絵がラッピングされている。宮田運輸が進める「こどもミュージアムトラック」の第1号車だ。現在、同社が保有する125台のうち、25台に子どもたちの絵が描かれている。
同社がラッピングを始めたきっかけは、3年前の死亡事故。「大好きなトラックが悲しみを生んでしまった……。苦しくて、苦しくて」。
そう打ち明けるのは、子ども時代からトラックが好きで、会社を継ぐまでハンドルを握り続けた宮田社長。悩んだ挙句、「いっそ、世界中からトラックが無くなればいいのにとまで思い詰めた」と振り返る。
従来からIT機器を駆使したさまざまな安全対策を講じてきたが、管理するには限りがある。最終的にはドライバーの心にゆとりや優しい気持ちがなければ事故は無くならない。
「運転士の良心をどうすれば呼び起こせるのか」と模索していたとき、尾本さんからダッシュボードに飾っている娘さんの絵を見せてもらい、「これだ!」と直感した。
当初はポスターにして社内に掲示しようと考えたが、交通事故は自社の環境だけ良くなっても食い止められない。「ならばトラックにラッピングして、社会全体を笑顔にしよう」と始めたのがこどもミュージアムトラックに発展した。
「子どもの絵を背負うと自然と優しい運転を心がけるようになるし、後続車の人たちが絵に気づいて笑顔になってくれるのが嬉しい」と尾本さん。サービスエリアに停車中、「写真撮ってもいいですか?」と声をかけられることもあるという。
「子どもが懸命に描いた絵は大人の心に真っ直ぐに届き、人に優しくしたいという気持ちを呼び起こしてくれるんです」。
宮田社長がそう語るように、こどもミュージアムトラックは運転士はもちろん見る人の心を和ませ、事故の抑止力にも貢献している。実際、ラッピングしたトラックが事故を起こした例は一度もないという。
同社の取り組みは口コミで他社に広がり、現在、60台のこどもミュージアムトラックが駆け抜けている。夢は、日本中、さらに世界中にこどもミュージアムトラックを走らせること。「そして事故を無くし、みんなで仲良く暮らせる社会をつくりたい」。
苦しみの中で生まれた取り組みだからこそ、夢の実現に向けた思いは本気だ。
▲代表取締役社長 宮田 博文氏
(取材・文/高橋武男 写真/福永浩二)