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ブレずに挑んだ娘婿アトツギの改革

2022.12.01

「もし結婚したらうちの家業を継ぐ気ある?苗字も変わることになるねんけど」。当時付き合っていた彼女(現在の妻)からの打診に社会人1年目の千種氏は「ええよ」と気軽に返事をした。いつかは起業したいと考えていたこともあり、三男という立場も手伝った。勤めていた商社の社長にも事情を説明したところ、「それなら俺が教育したる」と事業計画書の立て方から銀行との付き合い方まで教えてくれた。結婚後、MBAを取得するため働きながら大学院に通った。社長である義父とは仲良くしていたが「実父とは違う遠慮があり、なかなか会社の様子を聞けなかった」。MBAで学んだことを早く活かしたいが情報がなかなか手に入らないことをもどかしく感じ、30歳で入社する予定を27歳に繰り上げた。

入社し、営業部に配属されてまず感じたのは「営業の訪問件数を増やそう」と言う社長の号令が徹底されていないことだった。日々だれがどのような動きをしているのか、社員の間で共有されていないことが問題だと感じ、業務や訪問履歴などを共有できるシステムを構築した。その後に異動した生産管理部門ではそれまで受注から出荷まで2カ月要していた課題があった。そこで生産システムを構築し生産性を上げ、在庫を増やすことで瞬時に出荷できるよう改革を進めた。

専務取締役 千種 純氏

入社当初は改革したくてもなにを変えて良いかわからず、また義理の親子ということもあり遠慮があった。ある日、これくらいは良いだろうと軽々しく社内のティータイムを廃止しようとしたところ、義父が激怒した。大事にしていた「社員同士がゆったりした気持ちでコミュニケーションできる大切な時間」をないがしろにされたからだ。どれだけ遠慮しても他人同士で違いが生まれるなら、最初からしっかりコミュニケーションを取って大胆に進めよう、と考えるようになった。このことがきっかけで「義父とは本音で話せるようになりました」。

新生児向けに殺菌処理したミルクを安全に作るための瓶洗浄、殺菌、滅菌、調乳まで行う設備製造や、医療現場で使われる洗浄滅菌済み薬液容器の供給が主力事業だが、入社後も2年間は売上げ減少が続いた。改革の成果が数字で表れないことに自信を失いかけていたという。だが、機械販売、消耗品販売、修理の3部門で情報を共有し、修理案件が発生する前に予防点検する提案を増やしたこと、また業務の効率化により営業訪問件数を増やせたことも要因の一つとなり入社3年目の2019年に売上げが増加に転じた。現在は離職率も下がり徐々に事業が安定している。「ブレずにやりきることの大切さを学んだ」。そして「つらい時にいつも応援してくれた妻に助けられたことも大きい」と感謝の念を忘れない。

11月には3カ年計画を発表し、調乳設備、薬液容器で圧倒的なニッチトップになり、その先に新しい事業を生み出すというビジョンを掲げた。そう話す33歳の千種氏の表情には、手探りだった入社当時の不安は消え、めざす道が明確になった自信がみなぎっている。

(取材・文/山口裕史 写真/福永浩二)

三田理化工業株式会社

専務取締役

千種 純氏

https://www.racoon.co.jp/

事業内容/調乳設備の製造・販売など