《講演録》ジムニーのデザイン開発~プロの道具をデザインすること~
《講演録》2022年5月12日(木)開催
ジムニーのデザイン開発~プロの道具をデザインすること~
中安 基幸氏(スズキ株式会社 商品企画本部 四輪デザイン部)
粒来 広氏(スズキ株式会社 商品企画本部 四輪デザイン部)
「若者の自動車離れ」が進むなか、男女問わず幅広い年齢層から人気を集める軽自動車がある。スズキ・ジムニーだ。数年前、モデルチェンジを任されたスタッフは「合理的で無駄のない機能美」をコンセプトに完成度をさらに高めた。今回の事業推進セミナーでは、ジムニー開発の背景や実際のデザイン、またモデルチェンジした「ハスラー」のインテリアデザインについて、二人のデザイナーに解説してもらった。
◉191の国と地域で計284万台を生産
中安:1970年、初代ジムニーは世界最小の本格四輪駆動車として発売されました。主に林業や建設現場などで活躍した、黄色いボディーが印象的な車です。2代目は操縦性や乗り心地が改善され、山間部などで日常の足としても使われるようになり、3代目は堅牢なオフロード車を貫き、モデル最長となる約20年間生産されました。
ジムニーは3代にわたり軽の規格を守りながら進化し、排気量をアップしてきました。海外にも展開しており、これまで191の国と地域で計284万台が生産されてきました。商品コンセプトは「本格的な4WD性能と無駄のない機能美を併せ持つ、世界に認められるコンパクト4×4」です。
舗装もされず、ガードレールもない、狭く急な坂道でジムニーはその真価を発揮します。私はデザイナーとして、市場調査のためにユーザーに同乗させてもらい、崖道のスレスレを走っていたのですが、あまりに怖くてドライバーの方に「慣れてくると楽しく感じるのですか」と尋ねました。すると彼は「いや、やっぱり怖いです。無事に帰りたいですから」と打ち明けてくれました。ジム二―を必要としている人たちは、このドライバーと同じように車に命を預けている——。私はこのドライバーの言葉に、つくり手としての覚悟が足りなかったと反省したことを覚えています。
こうしたことを受け、デザイナーたちは自ら林道や悪路を何度も走り、ジムニーのポテンシャルをデザインで引き出すにはどうすればいいのかを議論しました。そしてデザインの狙いを「機能に徹した飾らない潔さ」と設定しました。
◉基本性能を追求したエクステリア
中安:ジムニーの開発では、悪路走破性、視界の良さ、積載性といった基本性能を追求したエクステリアを目指し、4つのデザインの狙いを実現してきました。具体的には「車両の姿勢・状況を把握しやすいスクエアボディー」「過酷な環境に負けないタフな作り込み」「走破性・積載性を高める細部の工夫」「機能を表現した車体色」です。
ボディーについては、先代に比べてAピラーを立たせ、車両後方に引き、ウインドシールドからの視界を確保しました。また、ボディをスクエアにすることで、フードの先端がしっかりと見えて、車両の姿勢と状況が把握しやすく、抜群の車両感覚と危険回避性を実現しました。
ヘッドランプはオフロード走行時の破損のリスクを軽減するため、必要最小限の大きさにして車両の内側に寄せました。またターンランプもヘッドランプから別体にすることで、万が一車両の隅やターンランプが破損してもヘッドランプが照射できるように考慮しています。
タイヤ周りは、バンパーの形状を切り上げた処理にすることで、悪路でヒットせず走破性に有利になるようにしました。積載性では、ピラー類を立たせたことで室内空間を拡大。また、灯火類をリアバンパーに集約し、大きなバックドアは開口を実現しました。
車体色を開発するに当たり、日本や欧州の森林組合、プロのハンターなどにインタビューを行いました。その結果、「目立つ性能」に特化した視認性の高い色として開発したのが「KINETIC YELLOW」、森などで「隠れる性能」を追求した色が「JUNGLE GREEN」です。
◉合理的な機能美を追求したインテリア
中安:インテリアについては、4つのテーマをもとにデザインしています。1つ目は「機能性:車両姿勢を把握しやすい力強い基本骨格」です。車両姿勢を把握しやすくするために水平基調とし、車両の傾きや変化などが感覚的に感じ取れることをめざしました。
2つ目は「操作性:過酷な環境下での運転にも配慮したデザイン」。立方体のクラスターの中に必要な計器を配したシンプルなデザインです。常時発光するメーターは、日なたと日陰を繰り返すような状況下でも安定した情報をドライバーに提供します。フロントシートは腰をしっかりサポートし、肩はサポートレスにして車体が大きく揺れたときに体をいなせる形状にしました。あらゆる状況下でも感覚的に操作できることをめざしたデザインです。
3つ目は「積載性:荷室のフラット化による積載量拡大」。リアシートバックを倒せば、シートバックボード、ラゲッジBOX、クォータートリムが連続したフラットな空間が生まれます。
最後に「カラー&マテリアル」、インテリアデザインの表面処理についてです。基本内装色は黒で、運転に集中できる環境とするために無駄な色や余計な装飾を排除しています。手で触れる操作部のみに金属調の加飾を使用することで、操作部であることを感覚的に示しています。内装樹脂表面には耐傷付き性、汚れ除去性を考慮したシボを開発しました。
このように合理的で無駄のない機能美を追求した結果、プロの道具として申し分のないインテリアが完成したと自負しています。
◉ハスラーのモデルチェンジとデザイン開発
粒来:ハスラーのモデルチェンジの狙いからアウトプットまで、インテリアデザインの開発担当者として進めてきた内容を中心に紹介します。
モデルチェンジは先代ハスラーの販売が好調の中でスタートしたので、コンセプトの方向性は大きく変更されませんでした。ただ、アウトドアの関心が高まる中、アウトドアスタイルの変化に合わせてアップデートする必要性を感じました。
私たちデザイナーは都内を散策しながら、セレクトショップのスタッフから話を聞いたり、街ゆく人を見たりしながらリサーチを行いました。その結果、初代ハスラーの発売当時と比べてアウトドアは日常に取り込まれており、もっと手軽で身近なスタイルとして人々に浸透していることを実感しました。
そこで我々は「日常でアウトドアを楽しむ」をエクステリアとインテリア共通のコンセプトとして開発を進めることにしました。インテリアの狙いを「タフさとプロテクト感を表現したデザイン」と「高い機能性とユーティリティー」に定め、車に乗った時からアウトドアを連想させる楽しい車になるよう、形の特徴や機能性をインテリアで表現しようと考えました。
インパネデザインは、メーター、オーディオ、アッパーボックスの3つの機能部品を軸にスケッチで検討しました。インパネのメインとなるユーティリティーは、先代から継承したテーブルと収納ボックスです。
さらに新型は、アッパーボックスのフタに挟む収納を設けました。コンソールについては、先代はベンチシートでしたが、新型はセパレートシートにしてコンソール収納を追加しました。メーターのデザインは、新規カラー液晶を設定しながら立体的なリング形状とグラフィックを用いています。画面は表現の幅の広いカラー液晶を採用しました。
◉内装全体でコンセプトを伝える
粒来:インテリアカラーは「遊び心と所有の喜びを刺激する強いキャラクター性」「細部で感じる上質感&機能感」「鮮やかな高彩度カラーで魅せるワクワクコーディネート」の3つを意識してデザイン作業を行っています。ハスラーの特徴であるカラーパネルには、バイオポリカーボネートのデュラビオを採用しました。その理由は、鮮やかな発色と美しい艶がハスラーのキャラクターを表現するのに最適な材料だったからです。
「デュラビオ」とは、脱炭素社会の実現のためサスティナブルリソースの一つとして開発されたプラスチックです。植物由来のイソソルバイドを用いたプラスチックで、もとは自動車のインテリア材としては使えない材料でしたが、改良を重ねて先代ハスラーからスズキで初めて採用しています。
次に、表面のシボ表現について。インパネの3連フレームを支える骨格の部分には、滑り止めグリップのような機能感を表現しました。ラゲッジのシボは、先代のハスラーを踏襲し、荷物の積み降ろしの際に傷つきが目立ちにくく汚れの拭き取りやすいパターンを採用しました。
シートのメイン表皮は、タフ感をイメージさせる縞鋼板柄をモチーフに、カラフルな差し色を入れることでワクワク感を表現しています。シートバックには、シートの形状に沿いつつ、プロポーションがよく見えるよう使い勝手のいい2段のポケットを配置しました。下の段はメッシュ生地になっており、中に入っている物がひと目で分かります。
シートのユーティリティーを考える段階からアクセントカラーの採用を検討しており、機能と見た目の嬉しさの両立をめざしました。このようにインパネだけでなく内装全体でコンセプトを伝えるべく、細部にわたってデザインしています。
◉デザインコンセプトを共有すること
粒来:アイディアを描く時というのは、デザイナーにとって一番楽しいときでもあり、苦しいときでもあります。アイディアが出てこないこともあるのですが、私自身はそういうとき、思考の順番、優先順位を変えてみるようにしています。たとえば、「ハスラーのユーザー」の捉え方も単に年齢層で分けるだけでなく、「30代の女性」「60代の男性」といったところから考え始めてみるだけでも、さまざまな車の使い方を想像することができます。世間の流行に流されてしまうのではなく、コンセプトに沿ったものを心がける必要もあると思います。
中安:一人ではなく、チームでデザインを作り上げていく場合、コンセプトを共有することが何より大切になります。私どもで言えばエクステリア、インテリア、カラーやマテリアルの担当者、造形のモデラーなど多くの人間が車の開発には携わっています。だからこそ、デザインの目標を固めることが重要になります。「誰のためにどんな車を作っているのか」という点をしっかり定めること、共通のものさしを持って取り組むことが大切だと感じています。
(文/安藤智郎)
中安 基幸氏(スズキ株式会社 商品企画本部 四輪デザイン部)
デザイナーやモデラーとして四輪デザインの商品開発に幅広く携わり、経験を重ねた後、チーフデザイナーとしてジムニーを担当。
粒来(つぶらい) 広氏(スズキ株式会社 商品企画本部 四輪デザイン部)
ハスラーのインテリアデザインを担当。
スズキ・ジムニー
2018年7月、最新型を発売。その後、1カ月で約20,000台(ジムニーシエラ含む)の受注を達成し、当初スズキ株式会社が見込んでいた年間販売予定台数を1カ月で突破。2019年も好調な売れ行きを見せ、2020年1月の販売台数は2,559台(前年同月比106%)と、その人気は衰えていない。
スズキ・ハスラー
日常の使い勝手を追求しながら「軽ワゴン」と「機能性」と「スタイル」にSUVを融合させた軽クロスオーバーというジャンルを開拓。男女とも幅広い年代から好まれ、2014年1月から発売を開始して国内累計販売台数48万台、スズキの基幹機種として成長した。特徴的なカラーについては、ボディー色と同系色に揃えたアクセントカラーを内装加飾に使う構成で、ハスラーらしい遊び心のある車として評価された。