鉄に語り、鉄の声を聞く
2015.08.07
「おい、今日は気持ちよく削れてくれてるか?」。金属を削る際の音やにおいで「鉄が考えていることがわかる」という寺岡さん。「言うこと聞いてくれへん時もあるけどね」と目を細める。
49年間、切削一筋。旋盤の前に立っている時間が今も楽しくてしょうがない。重化学工業のプラント設備に使われる大型精密ネジにはミクロン単位の精度が求められる。今でも難しい案件が持ち込まれると、「ああしようか、こうやってやろうか」とワクワクして眠れないこともあるという。
そんな寺岡さんも5年前脳梗塞に倒れ、左半身が一時的に不自由になったことがある。「なんとしてでも現場に戻りたい」。
朝から晩まで病院の階段を昇って降りて、病室では同僚に持ってきてもらった小さなネジとナットを不自由な手ではめ続けた。過酷なリハビリを乗り越えられたのは、「自分の人生の歴史を刻んだ鉄の仕事に戻りたい」という強い気持ちだ。
「僕はね、できることなら旋盤まわしてるときに死にたいねん」。
半世紀もの間、鉄とともに生きてきたベテラン職人にして、今もなお少年のように嬉々と鉄と戯れる。職人人生、かくあるべし。
(取材・文/Bplatz編集長 山野千枝 写真/福永浩二)