米国で着想し、日本で育てた技術を世界に
血流認証を用いたセキュリティシステムの草分け的メーカー、バイオニクス。創業のヒントを得たのは商社勤務時代。駐在していたニューヨークだった。「住んでいたマンションの共用部分が、手の形を認証して入る仕組みだったんです。鍵を持ち歩く煩わしさも失くす心配もない。衝撃的でした」。
金融を学ぶため現地に駐在していたが、日本人が金融の世界で勝負するのは不利だと痛感。丁寧に土地を耕し、作物を育ててきた農耕民族の日本人が勝てるのはものづくりだと確信し、起業を決意した。
手の形状からさらに進化させ、一卵性双生児でも異なるという血流パターンに着目し、認証システムを開発。事業が軌道に乗る契機となったのは創業から3年目の2004年、神戸市内のマンションに指認証によるエントランスシステムを大規模に導入したことだった。
初めての試みでクレームも多かったが、改善点が洗い出され、製品の精度があがった。このマンションを手がけていたのが、以前勤めていた商社。「トラブルがあっても堪えて使い続けてもらえたことを、今でも感謝しています」。
順調に成長を続けていたが、最大のピンチが訪れる。リーマンショックだ。社員は1/4に減り、周囲からは「一度会社を畳んで再度やり直したらどうか」と言われたことも。「今の日本では、会社を潰したら、まだまだ個人の人生に大きな影響が出る。起業には覚悟が必要です。しかしその分、人の情に触れることもまた多いですね」。苦しい時期をともに耐え忍んでくれた社員や家族。顧客からの喜びの声。支えてくれた商社時代の先輩や同僚。
「人との絆を感じることがとても多くなった」と須下氏。「周りのサポートのおかげで好きなことをやらせてもらっている。だからこそ、日本という国に貢献したい。人生は一度きり。仕事を通して、この人生で何をするか。どこで命を燃やすか。苦しいこともあるけれど、事業ほど手ごたえのあるものはありません」。
アメリカでヒントを得て、日本で育てられた技術は今、海外にも輸出されている。今後は住宅用のみならずさまざまな分野への応用も期待されており、人々が鍵や暗証番号の管理から解放されるその日まで、同氏の挑戦は続いていく。
「人生は一度きり、世の中を変えるような製品を生み出したい」
ロングインタビュー公開中⇒https://bplatz.sansokan.jp/archives/2778
(取材・文/北浦あかね 写真/福永浩二)
バイオニクス株式会社
代表取締役社長
須下 幸三氏
血流認証による人物識別技術の企画・調査・研究開発。一般住宅用へのエントランスシステムの導入・メンテナンスが強み。「鍵を持たない利便性」と「紛失・盗難リスクを回避する安心」を両立する。