蕎麦の美味しさを時代や流行に合わせた形で伝えていく
日本の伝統的な食文化のひとつである蕎麦。若い世代を取り込むため、黒豆蕎麦などの独自メニューをカフェ風の店舗で提供する次世代型蕎麦店や、“蕎麦屋飲み”を楽しめる居酒屋など、多彩な業態を展開しているのが株式会社スクエアエッジの大野氏だ。
大正15年創業の蕎麦店の家系で育った大野氏は、美容師をしていたが、3代目である父の病気を機に2004年25歳で事業を継承。まずは技術や経営の経験を積み、土台を固めた。仕入れ麺を使っていたが「若い人たちも選ぶキャッチーな蕎麦が必要」と考え、2014年頃から自家製麺の開発に着手した。

「美容師の経験がトレンドを意識した商品開発やファンづくりの役に立っている」と大野氏。複数店舗の全体を見て経営するためのチームも編成した。
独自性と味を追求し、蕎麦に掛け合わせる食材を探す中で京丹波の黒豆と出会う。濃い味と豊かな風味に惚れ込んだが、蕎麦との配合に苦労した。「黒豆が多いと切れやすく、少ないと風味や味がつながらない。香ばしさとやさしい甘みを楽しめる理想の麺になるまで、とことん試行錯誤して完成させました」。

手打ち蕎麦ならではの上質な風味と豊かなのど越しを実現。

右から、北海道産の蕎麦と京丹波の黒豆を合わせた名物「ざる蕎麦」と、栃木産の蕎麦粉のみを使用した「十割ざるそば」。蕎麦茶塩で食べると口の中で香りと甘みが際立つ。
2016年に京丹波黒豆入りの蕎麦を提供する新ブランド店「花粉」をオープン。広告宣伝はしていなかったが、口コミだけで評判が広がった。「蕎麦好きのお客さまから『出汁のうるめを多めにしたら』などのお声があれば試し、お客さまの反応を見て改良を重ねました。カフェ風の内装やお洒落な制服にするなど、いろいろ実験して現在のスタイルができあがりました」。

紺色の暖簾が目印の「花粉製麺所」の直営店。蕎麦好きが名物の黒豆蕎麦をめがけて訪れる。
2020年に製麺所を立ち上げ、百貨店のフードコートや蕎麦×魚×酒がコンセプトの居酒屋などの業態にも挑戦。「黒豆蕎麦のファンの方から出店の依頼が来たり、『こんな店をやってほしい』と要望をもらったり、物件を紹介してくれることもあった。飛び込んできたチャンスを一つずつ形にしてきた」。
順調に進んでいたが、コロナ禍と重なった。厳しい状況を打開するため、蕎麦で培った製造ノウハウと黒豆が活かせる黒豆食パンを開発し、コーヒーと共に味わえるカフェをオープンした。収益性が低い店は閉じ、新たに提携したミシュランガイド掲載の飛騨高山ラーメン店を開店するなど試行錯誤を重ね、現在は蕎麦店、居酒屋、黒豆食パン、カフェ、製麺所、ラーメン店を展開。さらに新卒採用や働きやすい制度の整備にも力を入れている。

1Fは黒豆食パン専門店「kroome(クロメ)」。2Fは川沿いのテラス付きカフェ「kroome coffee with いずみカリー」。オリジナルパンメニューやスペシャリティコーヒーを味わえる。
「蕎麦文化を継承していくには、素材の美味しさを時代や流行に合わせて発信していくことが大事。お客さまと対話を重ねる中で生まれるご縁が、次につないでくれることも伝えていきたい。今後は黒豆農家の後継者問題を支援するため黒豆の生産・加工も行い、お世話になった農家や地域に恩返ししていく」と未来につなげる新規事業にも取り組む。
(取材・文/三枝ゆり 写真/三原李恵)