脱同族、混乱乗り越え、結束力高める
「今後は同族にこだわらない経営をしていく」。
4年前、矢賀氏の父が社長に就任し、それまで役員のすべてを占めていた6人の同族の半数が去ったタイミングで、矢賀氏は社員にこう宣言した。
「それまでほとんどの社員は役員が決めた通りのことをするだけだった。社員それぞれが得意な分野で自ら考え、チャレンジできる風土をつくっていかないと会社は回っていかないと思った」と当時の思いを振り返る。
社員の中から幹部候補人材を登用し、人事評価制度を導入してモチベーションの向上を狙った。だがこのことが混乱を招くことになる。
「なぜ私はこの人に評価されないといけないのか」といった声があがって社内がぎすぎすしだし、離職者が相次いだ。新たに若手や外国人など人材を採用したものの、「それぞれ見ている方向がばらばらでぶつかることが増え、職場の空気が悪くなっていった」という。
1年前から社員全員が参加する研修を始めた。全員で会社がめざすべき方向を話し合ったところ、「残業ゼロ」という目標が明確になり、そのために「あいさつ」や「チームワーク」、「能力向上」を大切にする行動指針が出来上がった。
「なにより部署を越えて社員がコミュニケーションを取れる機会が増え、社員自身が喜んでいる」と安どの表情を浮かべる。
1973年の創業以来、鋼材卸として成長を遂げてきた。祖父の代から「どこもやらないこと」に特化してきた結果、現在ではニッケル合金だけで15種、φ1.2ミリからφ300ミリ径までを常に在庫し即納要請に応える。「中には数年回転しない鋼種もあるが、いつもあるという付加価値が最大の強み」で、国内ばかりかアジア全域で存在感を示す。
加工部門では外注していた加工の内製化に昨年から取り組んでおり「もともとものづくりに興味を持っていた社員がいきいきと働いている」という。
この4月に社長に就任した矢賀氏にとっての「どこもやらないこと」は、ハイエンド鋼種、中でも航空・宇宙関連分野向けへの挑戦だ。
「最も苛酷な環境で使われるニッケル合金で、ハードルの高い品質認定をクリアする必要がある。ここで認められれば他分野にも道が開ける」と今後を見据える。
組織化経営も大きなテーマだ。今年は幹部を巻き込んで中期経営計画に磨きをかけるとともに、中期経営ビジョン「同族経営から組織経営へ。そしてさらなるハイエンド企業へ」の実現に向け各部署ごとに具体的な取り組みも進めていく。
「以前はできる社員ばかりを見ていた。しかし社員のだれか1人がいなくなれば会社は回っていかない。社員一人ひとりに光が当たる会社にしていきたい」と丁寧な経営を心がけていく。
(取材・文/山口裕史 写真/福永浩二)