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原点に立ち戻り、当たり前に徹する

 大阪随一のうな重を味わうことのできる魚伊(うおい)の本店は旭区の住宅街の一角にある。店の奥が作業場になっていて活ウナギが泳ぐバケツには数メートルの高さの管から10度に冷やされた地下水が打たれる。「こうすることでウナギのコンディションがよくなるんです」と半田氏。

その後、活ウナギは関西風に腹開きされ、串に指して焼かれる。産地、時期によって身の締まり具合、脂の乗り具合は異なる。炭の位置を変えたり水をかけたりしながら焼き具合を調節し「外はカリッ、中はフワッ」の鰻ができあがる。

 創業はちょうど150年前。川魚問屋を本業としながら焼きあげたウナギを売る店を阪急百貨店の開業時から出店するなど「大阪で鰻と言えば魚伊」の評判を確かなものにしていく。高度成長期の頃からは問屋業に重きを置き、焼き売りは百貨店だけに絞っていった。
 半田氏が22歳の時、母から三つ指ついて会社を継ぐよう懇願された。練り物卸会社で営業をしていた半田氏だったが「母のために」と覚悟を決めた。

 社長になって2年目。すべてが手探りだったが「かつて父がやっていた“当たり前”の商売に徹すること」の重要さに気付いた。「うなぎは正しく焼いてこそおいしい。そして焼き立てこそおいしい」。そのことを理解してもらうため工場の一角に店を開いたところ、じわじわとファンがついた。夏場に集中する焼き仕事をならすため冷凍設備を入れ冬場の仕事量を増やしたところ、若手の社員が定着するようになった。定年後も働き続けられる職場にしたところ、ベテランの社員が技術を惜しみなく若手に教えてくれるようになった。

▲半田氏が信頼のおく専務(写真左)

 7年前からは後継者不足に悩む徳島県の養殖業者の実情を知り、生簀を借り受けて養殖事業にも参入を果たした。出荷時には社員総出で現地に出向く。結果的に生産から店頭まで一貫して手がけることになった。「生産を経験することで一人ひとりが一尾一尾の大切さに扱うことに気付き、お客様と接することで要望に丁寧に向き合うことを知った。本業の卸業でも御用聞きに徹している」と半田氏。この20年、大胆に変革を遂げてきたように見えるが「十のうちの一つを1年間で見直し、検証を重ねながら結果的に変えるのはそのうちのわずか」。当たり前に徹しながら時代の風を少しずつ読み続ける。商いが150年続いてきた所以だ。「今はお客様、仕入先、社員のためにつづけていこうと思っている」。

(取材・文/山口裕史 写真/MAKIBI)

2017年07月10日
株式会社魚伊
代表取締役  
半田廣行氏
活うなぎの卸、焼き鰻の販売 
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