社長の期限を決め、「和と誠実」を引き継ぐ
「おたくから仕入れている部品、来月から中国生産品に切り替えます」。
11年前、38歳で先代からバトンを引き継ぎ、あいさつ回りで出向いた得意先でいきなり頭をはたかれた。
言い知れぬ不安の先に襲ったのがリーマンショック。「このままつぶれるんちゃうかという恐怖心で平常心を保てませんでした。なんとかせなあかんと1人吠えるけれど社員はだれもついてこない。ひどい経営者でした」と木下氏は当時を申し訳なさそうに振り返る。
だが、周囲の経営者仲間と比べると重症度はまだ軽いとわかった。「ニッチなマーケットを選んだ祖父、1980年代半ばにアメリカへ販路を開いていた父のおかげで浮沈が少ない事業に携われていることに気付けました」。
同社が製造するのはアルミ合金製のコンロッド。往復運動を回転運動に変えて動力を伝える部品で、レシプロ式のコンプレッサー、芝刈り機や発電機などの汎用エンジンに組み込まれる。
ただ鉄製に比べると約10分の1のマーケットで販路開拓は一朝一夕にはいかない。「あがいても仕方ない」と5Sやダンドリ改善などの活動に地道に取り組んだ。
「故郷の小学校にピアノを寄付するような徳のある祖父、アメリカ市場を1人開拓するたくましい父を知る社員たちはどこか安心を感じてくれていたのでしょう。賞与も昇給もできなかった時期に文句一つ言わずついてきてくれました」。
2013年から管理職を巻き込んで2020年のビジョン作りをスタートさせ、翌年から社員も巻き込んでいった。「行動指針」の最初に「お客様、取引先、仲間に対して誠実であること」を掲げた。以前からの会社のモットーにあった「和と誠実」を踏襲したものだ。
併せてなりたい会社の姿を社員と描いた。その一つが、先代がコンプレッサー向けで進出を果たしたアメリカ市場に今度は汎用エンジンで挑むことだった。その通り、2014年、オハイオ州に現地法人の販社を設立。すでに2社と直接取引している。
課題は縮小傾向が続く国内市場の開拓だ。昨年、ある会社から機械ごと事業を引き取ってほしいと話が持ち込まれた。得意とするアルミ切削技術を生かしてコンロッド以外のアルミ部品を製造するチャンスを得た。これも以前から描いていた戦略の一つだ。
「重要保安部品を扱っているという信頼から声をかけていただける」。あらためて5代にわたって築かれてきた財産の重さを感じた。
木下氏は10年後の101期目を迎えるタイミングで社長を下りると決めているが身内ではない選択も模索しているところだ。木下家への固執はない。「たまたま今、ぼくが社長をやらせてもらっているだけ。お客さんに必要とされ、社員が幸せと思える会社が永続できることこそが大事」と淡然と語る。
この11月に社内旅行を久しぶりに再開した。時代の変化を乗り切る強靭な会社に最も大切な要素は「和と誠実」と考えてのことだ。
(取材・文/山口裕史)