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【「ワッツ」長編】「身の丈経営」で全国から世界へ “常設催事場”として他社と一線を画す

「meets.」「シルク」をはじめとする100円ショップを全国に約900店近く展開する株式会社ワッツは1995年の創業と、業界では後発組だ。徹底したローコスト運営、定番商品への絞り込み、直営店舗中心の展開など、その出店戦略は競合他社と一線を画す。自社店舗を「常設催事場」と位置づける平岡史生社長にその心を尋ねた。

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〉〉〉100円ショップとしては後発組ですね。創業の経緯は。

会社を作ったのは家内の父親です。義父はもともと最大手の催事移動販売会社で経理・財務担当の副社長をしていました。経営が行き詰まり、その後の経営方針について社長と考え方が合わず退職をせざるを得なくなりました。その時、すでに60歳でした。そのまま年金暮らしをしてもよかったのでしょうが、不動産取得による借入の残りが多くあり、もうしばらく働かなければと考えたようです。

その時に目をつけたのが、前の会社で伸びている事業の一つだった100円ショップでした。100円ショップなら少ない資金でも始められるという見込みもあったようです。

1995年の初頭に会社を設立する予定だったのですが、阪神・淡路大震災の影響で1カ月後ろにずれてしまいました。その頃、義父が勤務していた会社がつぶれ、その会社が持っていた100円ショップの事業を引き継ぐことになりました。東京、大阪、岡山、博多に営業所があったのですぐにそのエリアで出店することになりました。当初から思ってもいなかった展開になり、初年度から売上げは18億円ほどありました。すぐに100店まで店を増やすことができたようです。

〉〉〉会社が設立されて3年目に入社されていますね。経緯は。

私はもともと中学・高校の社会科の教師をしていました。義父とともに経営に当たっていた方から「近く会社を上場させるから一緒にやろう」と誘われましてね。これはなかなかできない経験だから面白そうだな、と思い入社を決めました。入社して初めて、自社の100円ショップを見に行ったのですが、愕然としました。見に行った店は、スーパーの隣にあるプレハブの小屋のようなところに商品を置いていました。もともと催事移動販売だったことを思えば、店を持ったことだけでも進歩と取れるのでしょうが、一般の小売店を想像していた私にはショックでした。これで上場するのか、というのが正直な感想でした。

入社してもう一つ驚いたのは、とにかくひきもきらずに出店依頼が入ってきたことです。小売不況もあって、どんどんテナントが空いていた頃で、そこを埋めるのに100円ショップは格好の店だったのです。店舗数が100店舗しかない当時で、1年に70~80店舗のペースで出店していました。本当はもっと出店したかったのですが、人材の手当てが追いつきませんでした。

次々に出店するに当たって気をつけたことは、すぐに退店できるような契約を結んだことです。出店してずるずるとやめられないまま赤字を垂れ流していては体力が持ちませんから。そこで、違約金なしで1カ月前の告知で退店できるように必ず文言を盛り込んでいました。いわば催事業者的な発想ですね。

そして、居抜きの物件で、外装、内装には手をかけず、店舗運営はパート従業員に任せるローコストオペレーションに徹しました。そのかわり捻出した利益で品質の良い商品を提供しようと考えました。また、商品も定番商品に絞りました。現在でも標準的な店で商品数は8000ほど、一番大きな店でも14000ほどです。競合他社の大手は70000~24000ほどあります。その定番商品のところで他社よりお買い得品がある、というのがうちの強みです。

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〉〉〉他に競合他社と異なる戦略をとったことがあるとすれば何ですか。

FCで増やすことはせず、直営店舗中心で展開しています。フランチャイジーの方は、お客さんが集まるきれいで大きな店を求めます。儲けるには粗利も高いほうがいいわけです。ところがワッツの店は、よその店より小さいし、内装にお金をかけない。その中でお客さんにアピールするために商品はいいものを仕入れようとしていたので、おのずと仕入原価が高くなり、粗利も低い。となるとFCのパッケージとしては魅力に欠けるんです。他社はどんどん魅力的なパッケージを提供していました。

実は、FCのオーナー募集を広告で打つところまでしていたのですが、義父の「やめときなはれ」のひと言でやめることになったのです。ぎりぎりまで熟考して、やっても勝てないと踏んだのでしょう。でも、このことは結果的に良かったと思っています。FCをしていたら、競合他社の店とおのずと競い合わなければなりませんから。

〉〉〉2002年にJASDAQに上場し、2003年に社長に就任されました。事業はその後も順調だったのでしょうか。

私が社長に就任した頃は、ちょうど業界全体が踊り場に立っていました。為替が円安にふれたこともあって、それまでの高成長にかげりが出ていました。個々の動きとしては、業界2番手のセリアさんがPOSを導入し、売れ筋の商品を見極めながら鮮度の高い商品を入れ替えていく戦略をとり始めていました。

業界が転換点に立つ中で、もう一度ワッツがやってきたことをじっくり振り返って考えてみました。セリアさんは、内装を統一し、POSレジを入れて、データを分析しながら商品を入れ替え、陳列も考えている、まさにやっていることが小売業でした。

じゃあワッツのやっていることは小売なのかと考えていった時に、我々がやっていることは催事移動販売業の延長であって、店だけは移動しなくなった。すなわち常設催事場だという結論に達しました。そのように考えが整理できると、うちとセリアが目指しているところは明確に違うのだから、追いかけなくていいんだと思えるようになりました。

ただ、だからといってそのままではいけません。できるだけ陳列、店舗オペレーションを標準化し、社員に理解してもらい、マニュアルも整備し、発注機なども新しくした。その上でパート従業員さんに指導できるようにして、モデル店舗を作って、ブラッシュアップしていきました。

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〉〉〉方向性が明確になったということですね。

方向性を見極めたのは先代の義父です。私は後付で整理整頓をし、わかりやすく説明できるようにしただけです。先代が貫いた考え方は、身の程を知るということ。当時100円ショップが求められていて、当時はどこの業者も面白いように儲けていました。でもその後、その同業者のほとんどが消えていってしまいました。その中でうちがなぜ残ったかといえば、見栄を張らずに、できる範囲でできるだけのことをしたからだと思います。

現在、100円ショップ業界は第2の踊り場にいます。まだ国内で成長の余地はありますが出店できる会社は限られています。そのなかで独自の道を歩んでいかなければ生き残っていけないでしょう。セリアさんは、イオンモールやファッションビルにも出店しています。そして他の競合大手もセリアの方向を追随しています。ただ一方で、われわれのような100円ショップもあっていいと思っています。

現在のワッツの店の多くは量販店の併設型で出店させてもらっています。一方で、それは量販店がどうしても「うちでないと」と思って出店を依頼しているわけではありません。むしろ、「他に入ろうと思うところがなかったからうちが入れたということだ」ということを肝に銘じなければなりません。これからは選んでもらえるような店づくりをしていくことが課題だと思っています。

〉〉〉海外展開にも力を入れておられますね。

タイにすでに9店出店しています。親日的、所得水準が高い、中間層が厚い、ショッピングセンターが多く出店できる環境が備わっているということでタイの出店に力を入れています。昨年は、タイの小売最大手の企業と合弁会社を設立し、今後はますます出店ペースを加速させていく計画です。

タイ以外ではマレーシアに1店、ベトナムに1店、中国に3店、それぞれ出店しています。同業者の海外展開では、ダイソーさんが突出しており、その次に当社がつけています。ダイソーさんが出しているところはうちにとっても出しやすいところと考えているので、先行者の背中を見ながら展開していける強みはあります。

東南アジア市場は潜在的に大きなマーケットで、それ以外にも出店を考えています。いずれは海外の売上げが国内を上回らないと意味がないと思っています。海外でも変わらず、身の程をわきまえながら、出店を加速させていきます。

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▼Bplatz press 3月号本紙に掲載された記事はコチラから
http://bplatz.sansokan.jp/archives/2055

2014年03月07日
株式会社ワッツ
代表取締役社長  
平岡 史生氏
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