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本業を愚直に続けていくことこそ 受け継ぐべき経営方針

さんざん好きなことをやらせてもらった20代

小さいころから工場兼住宅で生活をしていたので、親の働く姿を見て育ちました。周りからは2代目という目で見られていましたから、「親の後を継ぐんやろな」と漠然と思っていましたし、反発もなかった。しかし継ぐ意識があることは両親には伝えませんでした。

大学に進学する際、「いずれネジ屋を継ぐんやから好きなことをしよう」と考え、北海道大学水産学部を選びました。小さいころから魚が好きだったからです。大学院にも行きましたし、部活ではボートにも打ち込みました。修士課程を修了し、「さあ実家に戻るか」という段階になったとき、もうひとつどうしてもやっておきたいことがありました。海外です。そこで青年海外協力隊でケニアに3年間行くことに。「好きなことをやれ」と言っていた両親も、さすがにこのときばかりは面食らっていましたが、それでも止めようとはしませんでした。

親の会社に入りたいと告げたのは、ケニアから帰国する半年前。現地から手紙を出し、思いを伝えたんです。そのころには、「好きなことをさんざんさせてもらった」という思いでいっぱいで、働く意欲が沸点まで高まってました。

後継者が家業を継ぐ決断をするのは容易ではありません。私のように少し時間をもらうのも、腹の決め方のひとつやと思います。覚悟を決めるまで数年間遠回りしたけど、その後数十年の人生の覚悟ができたんですから。

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先代の根回しがあってこそ世代交代がスムーズに運んだ

2000年に当社に入社し、出荷と加工の現場を体験、その後営業に配属になりました。そして5年が過ぎたころ、「創業40周年を迎えるのを機に社長を代わる」と切り出されました。父が65歳を迎えるタイミング。世代交代の時期として相応しいと考えたんでしょう。こうして2010年、社長に就任しました。世代交代時は人間関係のトラブルが多いと聞きますが、父が従業員や取引先に「近々社長を代わりますんでよろしく」と事前に伝えてくれていたようで、世代交代はスムーズでした。父のそうした根回しには感謝しています。

社長就任後に取り組んだのは業務改善です。それまで手書きで行っていた伝票処理や商品管理をシステム化することで作業を効率化。他には3S活動も始めました。その一環として毎朝10分間、掃除を行うことにしたんですが、最初は反発もありました。でも億劫がっていた従業員も自分の作業環境がみるみるきれいになっていくのを体感したのか、いまでは彼らから業務改善の提案を上げてくれるようになりました。

先代はバブル絶頂期で浮き足立っていた時代でも、本業以外に手を出さず、堅実経営を貫いてきました。今こうして事業を続けられるのも、そんな親父の経営方針があったからこそ。社長に就任した途端に、金融商品や不動産なんかの儲け話の営業電話がかかってくるんです。でも「本業を愚直に続けていく」ことこそ受け継ぐべき経営方針。ネジ屋は地味な仕事ですが、それだけに手堅い仕事だと思っています。私も軸足をぶらさず、本業を守っていきたいですね。

2011年12月10日
株式会社梅田精密
代表取締役社長  
梅田 真吾氏

1970年創業。従業員27名。主に石油・化学プラント用のネジやボルトなど金属加工品を販売。高い技術力を備えた各分野の専門工場とのネットワーク力を強みに、高品質製品の小ロット・短納期体制を築いている。

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